科学と人間「毒と薬の歴史をひも解く」 日本薬科大学教授 船山信次
190104①「はじめに 薬毒同源」
「はじめに」
「薬毒同源」
人類は古くから毒や薬を使ってきたが、これらの使用は人類の特徴例の一つであろう。
私達はともすれば毒と薬を分けて考えがちであるが、毒と思われた物も工夫すれば役に立って、薬と思われる効果を出す事がある。薬と思われた物も、使い方を誤れば毒と化す。そして毒も薬もうまく応用してきたのが、人類の知恵である。
相反する様で表裏一体である。これを薬毒同源という。毒と薬を人命の歩みを通じて話す。
「私が薬学を志した動機」
薬学を志す方々の動機には、恐らく良い薬を開発したいとか、医療従事者の薬剤師となって患者を助けたいとか崇高なものが多いと思うが、私の場合は変わっている。
小学生の頃から植物の栽培が好きで、ずっと植物と関わっていきたいというのが動機であった。
一見、的外れの様であるが、正解であった。この事は話が進むにつれて理解されると思う。植物好きだと理学部の植物学科、農学部が頭に浮かぶ。農学部の主たる目的と云うのは、穀物・野菜を如何に効率的に生産し品種改良・病虫害の予防。
食物学科では、花が見えるような植物の分類は完了している。そこに東北大学薬学部でヒナタイノコヅチ(ヒユ科イノコヅチ属の多年草)の根から昆虫変態ホルモンが単離されたという新聞記事。これを見て、薬学でも植物を扱うことが出来ると知り、薬学の中に生薬学とか薬用植物学とかがあって、これは私がやりたいものだと確信した。
(昆虫変態ホルモンとは)
昆虫のホルモンは脊椎動物に較べて種類が少ない。然しその持つ作用は多種多様であり、未知な
部分が多い。この中で特に有名なのは変態ホルモンである。このホルモンに作用によって一連の
複雑な変態が行われている。この研究により、殺虫剤など利用価値の高いものが開発された。
・薬用植物園園長
園長になってから、美しい花を入れることにした。それには二つの理由がある。
花をきれいと思うと心の薬になる。この植物は綺麗だが、薬用として使われていないのではと考える為。今使われていない植物を薬用に使えるようにするのも薬学の目的の一つである。
「毒と薬の区別」
毒と薬の区別は、結果で判断しているだけである。今回の講座で、地球の歴史は46億年。
人類の歴史は、霊長類→700万年、ホモサピエンス(現生人類)→20万年であることを確認して
おく。又話の中で化学構造式が入ってくることは、話の中でやむを得ないことと承知願いたい。
・毒と薬の違いはない。ものがあって毒とか薬とか言われるが、いつも毒であったり、薬であったり
するのか。そんなことはない。例を挙げてみる。
●亜ヒ酸 三酸化二ヒ素を水に溶かした時に生成するとされる酸。猛毒。活性炭やコロイド状鉄が
解毒剤。日本薬局方にも収載されている
・毒 和歌山ヒ素カレ‐事件度使用された。67人が中毒、4人死亡
・薬 歯科医で昔、神経除去時に使われた黒い薬品。数日放置すると蛋白質を破壊し毒となる。
●タイレノ-ル
ジョンソン・アンド・ジョンソンが発売した鎮痛解熱剤 日本では武田のタイレンノ-ル
・毒 大量の酒と共に服用すると内蔵にダメ-ジ 本庄保険金殺人事件
・薬 鎮痛解熱の風邪薬
「毒、薬という言葉の意味」 好きな川柳を付けて
・毒 大きな簪を付けた女性が蹲る姿を現す。
妻の字が毒と見えたら倦怠期
続き柄あわてて妻を毒と書き
僕の嫁国産なのに毒がある
・草冠に楽と云う字。薬を頭に載せて人を楽にすると教わったが違う。楽は薬研で薬草を潰す音を
表す。
「毒の日本語と英語」
毒は日本語では毒の一言であるが、英語では分けている。外来性物質で生態に毒性を示すものを毒と呼ぶ。飲む毒をpoison(毒物)、生物起源の毒をtoxinトキシン(毒素)、特に毒腺で作られるものをvenomベノム(毒液、分泌毒)と呼ぶ。場合によっては酒もpoisonとなる。これらはそれぞれ特徴があるが、追って説明する。
「身近な毒」
・銀杏 チリビリドキシ成分がビタミンB6の働きを阻害し神経中毒を起こす
「歳の数以上に食べない」・・・・・
・家庭用品 漂白剤+酸性物質→塩素ガス発生
・酒(アルコ-ル)
・ニコチン
「農薬」
今迄見たように毒と薬は使い方によるのである。農薬というものがあるが、あれは農薬を掛けられる側の昆虫とか植物にとっては毒でしかない。人間の都合で農薬を掛けられている。人間にとって不都合な昆虫を害虫といい、不必要な植物を雑草という。これ等の除去の為に人間の都合で、理不尽にも毒を掛けられるのである。
「地球の歴史」
地球の歴史46億年を分かりやすいように1年12ヶ月にしてみてみる。
3月20日 32億年前 最初の生物が誕生
11月19日 5億年前 カンブリア紀の生物の大爆発
12月25日 6500万年前 恐竜の絶滅
12月31日午後2時 600~700万年前 人類の誕生
12月31日午後11時59分 1万年前 農耕開始
12月31日午後11時59分59秒 明治維新
生物及び人類の歴史が如何に短く、最近の事かを理解してもらいたい。
「薬の歴史のトピックス」
・「本草綱目」
中国の代表的な本草書。李自珍(明)。本草1890種の漢薬を解説。日本でも翻訳され、家康が
最初に手にしたといわれる。
本草→薬用になる植物、動物、鉱物などの総称
・モルヒネ
アヘンに含まれるアルカロイド。水に溶解、痛覚だけを抑制。麻酔剤、鎮痛剤。習慣性が甚だしい。
1805年ドイツの薬剤師ゼルチュルナ-によってアヘンから単離された。
麻酔剤として医療に貢献するが、習慣性があるので法律で規制されている。
日本では緩和ケアの専門家の不足などで、使用料は欧米先進国に比べて少ない。
医師など医療従事者の教育が求められている。注射器が発明されてから使用が容易になり、
南北戦争等戦争傷痍者に使用され、中毒者が多発。
・抗生物質
カビや放線菌、細菌によって作られ他の物質を抑制し、又は制癌作用を持つ物質。
その代表格のペニシリンは1928年にフレミング(英)によって発見された。実用化には10年以上掛かったが、1942年にベンジルペニシリン(ペニシリン)が、単離されて実用化。第二次大戦で多くの戦傷者を感染症から救った。
有機化学という学問があるが、毒や薬を十分理解するには、この知識が不可欠。その様な知識が
無い時代に、人々はどの様にして理解し使用していたのか。興味のある所だ。
「コメント」
興味のある滑り出しの講義。5才時に私が股関節の筋炎になり、当時は切開手術しかないといわれていたが、父が占領軍から手に入れたペニシリンであっという間に全快。さもなくば跛行していた
とか。アリガタヤ占領軍。もっと早くに聞いていたら、その道に進んだかもしれない???
(毒と薬の格言)
・薬は毒ほど効かぬ
・薬も過ぎれば毒となる
・酒は百毒の長
・毒にも薬にもならん奴
・毒を食らわば皿まで
・毒を以て毒を制す
・暇ほど毒はない
・パラケルスス(スイスの医者)
「全てのものは毒であり、毒でないものはない。その服用量が毒であるかそうでないかを決める」