161014②「吾輩は猫である」の水島寒月は大物理学者になれるのか
漱石の作品では理系の人間を好意的に描く傾向がある。その代表的な人物の一人が、明治38年に雑誌「ホトトギス」に
当初一回限りで執筆された「吾輩は猫である」に登場する理学士水島寒月である。好評で11回連載となる。これにより
俳句雑誌「ホトトギス」は総合文学誌となる。
「主要登場人物」
・珍野 苦沙弥
猫の飼い主、中学の英語教師。妻と3人の娘がいる。偏屈な性格で、胃が弱く、ノイローゼ気味である(漱石自身が
モデルとされる)。猫が主人をこう紹介している。「胃弱のくせに大食漢、食後は胃薬を飲んで勉強するが、すぐに涎を
垂らして居眠りしてしまう。教師と言うのは実に楽なものだ。人間と生まれたら教師になるに限る。こんなに寝ていて
務まるなら、猫でもできる」
・水島寒月
苦沙弥を「先生」とよぶ。熊本の第五高等学校時代の教え子、物理学者寺田寅彦がモデル。寒月とは俳句の季語で
「冷たく、冴えた夜に合う月」頭脳明晰な科学者の姿が浮かぶ。猫は寒月の事をこう紹介している。「寒月という男は
主人の門下生であったそうだが、今では学校を卒業して主人より偉くなっている。」
「寒月の作品上の研究テ-マ」
(首くくりの力学)
この話の原典は「オデッセイア-ギリシア神話」、12人の侍女を一遍に絞首刑にするにはどうしたら効率的かのテーマ。
作品中には、この論文を発表する練習として寒月が文中で三角関数を使った数式を使いながら披露している。
作品に使うネタは寺田寅彦が漱石に教えたのであるが、これを物理学的に理解して書いているのである。
「作品中の寒月評)」
寒月は帝大を首席で卒業し、日夜研究をしている。近々の内にロ-ド・ケルビンを圧倒する大論文を発表しようとして
いる。
ロ-ド・ケルビン
19世紀の物理学を代表する人。熱力学・電磁気学・流体学・・・。彼の弟子たちが明治のお雇い学者として多数 来日し、日本の科学の発展に寄与。
「寺田寅彦の研究」
博士論文は「尺八の音響学的研究」。ヨ-ロッパ留学後、X線を使った「結晶構造の解析」を科学誌「NATURE」に
発表した。同じテ-マを研究した英国人がノ-ベル賞を獲得した。
(寺田寅彦の弟子の言葉)
地理的不利、研究設備の不備等が無ければ、ノ-ベル賞は寺田先生の物であった。
「夏目漱石の寅彦への期待」
友人あての手紙で次のように述べている。「将来、学士院恩賜賞に寺田寅彦の名が出てくることを切望する」
そして、漱石没の翌年に受賞する。
「吾輩は猫である」は、猫の死で作品は終わるが、現実の世界での寒月は漱石の期待通りの成果を上げていくの
である。
「コメント」
やはり漱石は明治という時代にまさしくマッチした作家だったのであろう。西洋文明・東京の文化・歯切れのいい
江戸っ子気質・・・。主要登場人物はインテリばかり、どの作品にも共通?
没後100年という事で、色々と取り上げられている。書店にも関係書の多いこと。
松山には好感を持っていないが、熊本時代4年間はそれなりにエンジョイしたらしい。中学と旧制高校の違い?