190702①「ナポレオン誕生250年『グロ-バル化していた18世紀大西洋世界』」
2019年は、ナポレオン生誕250年、フランス革命バスチ-ユ監獄解放230年。
フランス革命
1789年ブルジョア革命。ブルボン王政を打倒し、人権宣言を公布。ルイ16世は処刑され、共和制となる。周辺諸国との反革命戦争の中、ジャコバン独裁の恐怖政治の現出。10年後、1799年ナポレオンがク-デタ-の後、帝政をしく。
「フランス革命の理解」
日本においては、フランス革命は典型的な市民革命とされた。古い頑迷な特権システムのブルボン王政に対し、自由を求める市民が立ち上がって体制を覆したという理解であった。
しかしこの理解でいいのか。これほど単純ではなかった。バスチ-ユ監獄解放事件の時、ナポレオンは20歳の軍人であった。それが、10年後には、ク-デタ-で権力を握り、皇帝となった。そして、ヨ-ロッパ全体を激動させていく。
この18世紀末から19世紀初頭までの、四半世紀の激動の歴史を見ていく。
第一回は、このような激動が起きた前提として、そもそも18世紀という時代がどんな時代であったかを見ていく。
6つのポイントが挙げられる。
●この時期、ヨーロッパ全体として、経済成長と人口の増加があった。
・17世紀は、寒冷気候→農業生産の不振、疫病、三十年戦争、絶対王政の圧政で危機の時代と
いわれる。
三十年戦争→1618年~1648年、周辺を巻き込んだハプスブルグ家とブルボン家、新旧教徒の
抗争。
・18世紀は食糧事情の好転、生産力が向上した。各地で産業革命の前段階の手工業的生産の
成長。
●大西洋経済圏の活性化→グロ-バル化
・南北アメリカの植民地化 英国・フランス・スペイン・オランダ・・・・
・アジア経済との繋がり インド・中国
●資本主義・帝国主義の覇権争い 英国・フランス・スペイン
・7年戦争1756年~1763年 英・プロシアVSオーストリア・ロシア・フランス
・フランスは英との植民地獲得競争で敗れ、インド・カナダを喪失。
●英国の優位 軍事力・経済力
・議会制度の確立 責任内閣制
・産業革命の萌芽 プロト工業化
・イングランド銀行の設立 金融制度の確立→経済軍事国家
●大陸諸国中心に啓蒙思想の出現と全盛
18世紀、旧弊打破の革新思想。オランダ、英国に起こり、ヨ-ロッパに広まる。フランス革命の
思想的背景。 ヒュ-ム(英)、モンテスキュ-・ヴォルテ-ル(仏)、カント(独)
●大西洋革命 南北アメリカ・ヨ-ロッパで様々な革命運動が頻発。
・コルシカ イタリアジェノバの支配下にあったが、革新勢力との紛争で、嫌気したジェノバは
フランスに割譲。
・アメリカ独立
まず英仏の争いで、英国の勝利。そして英国の圧政からの解放 フランスの援助
当時の植民地→英国 アメリカ東岸・仏 カナダ、アメリカ中心部と西部
地名 ルイジアナ→ルイ国王の土地という名 ニュ-オルリンズ→新しいオルレアン
・この動きは、スペイン植民地であった中南米各地の独立運動に波及
「まとめ」
フランス革命は、ブルボン王政の圧政などフランス固有の状況から発しているが、周囲からの影響も大きかった。政治・経済・思想。
「コメント」
確かに、単なる王政打倒だけではなかったのであろう。しかし、他のヨーロッパ諸国は依然として
王政は続く。何故、フランスだけで市民革命が起きたのか、次にナポレオンの帝政が続くのか。次の講座が楽しみ。