250308㊾ 蜻蛉の巻 52帖 

今回は蜻蛉の巻を読む。巻の名は薫の詠んだ和歌にも、言葉、散文にも見られる。蜻蛉には二つの意味がある。一つは朝生れて夕方に死ぬ命の儚さで知られる虫。もう一つは光と空気の揺らめきという意味である。「源氏物語」には帚木、空蝉、夕顔、朝顔その他、儚さを感じさせるタイトルは多いが、この巻のタイトルもその一つである。「湖月抄」の年立てで薫26歳、本居宣長では27歳。

さて巻では浮舟が突然いなくなった翌朝の混乱した状況から始まる。

 

巻の冒頭を読む。

朗読①浮舟がいないので大騒ぎである。母君からの再度の手紙が来た。右近と侍従は、さては身投げかと思う。

かしこには、人々、おはせぬを求め騒げどかひなし。物語の姫君の人に盗まれたらむ(あした)のやうなれば、くはしくも言ひつづけず。京より、ありし使いの帰らずなりにしかば、おぼつかなしとて、又人おこせたり。「まだ、鶏の鳴くになむ、出だし立てさせたまへる」と使いの言ふに、いかに聞こえんと、乳母よりはじめて、あわてまどふこと限りなし。思ひやる方なくてただ騒ぎあへるを、かの心知れるどちなん、いみじくものを思ひたまへりしさまを思ひ出ずるに、身を投げたまへるかとは思ひ寄りける。

 解説

この場面は草子地の語り手のナレ-ションから始まる。

かしこには、人々、おはせぬを求め騒げどかひなし。

この巻の内容を具体的に語り始める前に、語り手 この物語の作者である私から一言読者にご説明しましょう。一つ前の浮舟の巻では、浮舟がわが身を流れの早い宇治川に投じる決心をして泣き伏している場面まで話をした。その後、実際に何が起きたのかは、誰も知らない事ですから、ここで話をする訳にはいきません。今話せるのは失踪を知る人々の反応だけである。翌朝の事です。宇治の屋敷では、浮舟が突如消え失せたので、大騒ぎをしながら探し求めたのだが全く見つからなかった。

物語の姫君の人に盗まれたらむ(あした)のやうなれば、くはしくも言ひつづけず。

古い物語ではしばしば姫君が突如いなくなるという出来事が起きている。例えば「住吉物語」の姫君がすぐに思い浮かぶ。「伊勢物語」には人の娘を盗んだ男が、武蔵野まで逃げる話が有名だし、「大和物語」にも大納言の娘を男が盗んで陸奥の浅香山まで逃げる話があり、これも有名である。

残された人々の衝撃は、それらの物語に譲って詳しくは述べない。

これから後、蜻蛉の巻の物語が始まる。

京より、ありし使の帰らなりにしかば、おぼつかなしとて、また人おこせたり。

昨日、京にいる浮舟の母親が娘を心配して、使者を宇治に遣わした。その使者が戻ってこなかったので、娘の様子が分からず心配だと言うので、改めて別の使者を宇治に遣わした。

「まだ、鶏の鳴くになむ、出だし立てさせたまへる」と使いの言ふに、

使いの男は鶏の鳴かない内に都を出発したという。

いかに聞こえんと、乳母よりはじめて、あわてまどふこと限りなし。思ひやる方なくてただ騒ぎあへるを、

乳母や女房達は母君にどう返事をしたら良いか分からず、慌てふためいている。

かの心知れるどちなん、いみじくものを思ひたまへりしさまを思ひ出ずるに、身を投げたまへるかとは思ひ寄りける。

浮舟と匂宮の関係を知っている二人の女房、右近と侍従だけは、浮舟がひどく思い詰めていた様子を思い出しては、さては宇治川に身を投げたのかと思い当たるのだった。この後、人々は浮舟の書き残した辞世の和歌を発見した。

 

浮舟と匂宮の関係を秘密裏に取り持った右近と侍従が、母親の中将の君に真実を告げる場面を読む。

朗読②二人は相談して真実を告げることにした。そして行方不明を隠して葬式を行うことにする。

「忍びたることとても、御心より起こりてありしことならず。親にて、亡き後に聞きたまへりとも、いとやさしきほどならぬを、ありのままに聞こえて、かくいみじくおぼつかなきことどもをさへ、かたがた思ひまどひたまふさまは、すこしあきらめさせたてまつらん。亡くなりたまへる人とても、(から)を置きてもてあつかふこそ世の常なれ。世づかぬけしきにて日ごろも()ば、さらに隠れあらじ。なほ聞こえて、今は世の聞こえをだにつくろはむ」と語らひて、忍びてありしさまを聞こゆるに、言ふ人も消え入り、え言ひやらず、聞く心地もまどひつつ、さば、このいと荒ましと思ふかわに流れ()せたまひにけりと思ふに、いとど我が落ち入りぬべき心地して、「おはしましにけむ方を尋ねて、骸をだに、はかばかしくをさめむ」とのたまへど、「さらに何のかひはべらじ。行く()も知らぬ大海の原にこそおはしましにけめ。さるものから、人の言ひ伝へんこといと聞きにくし」と聞こゆれば、とざまかくざまに思ふに、胸のせきのぼる心地して、いかにもいかにもすべき方もおぼえたまはぬを、この人々二人して、車寄せさせて、御座(おまし)ども、け近う使ひたまひし調度ども、みなながら脱ぎおきたまへる御(ふすま)などやうのものをとり入れて、()母子(のとご)大徳(だいとく)、それが叔父の阿闍梨、その弟子の睦ましきなど、もとより知りたる老法師など、御(いみ)に籠るべきかぎりして、人の亡くなりたるけはひにまねびて、出だし立つるを、乳母、母君は、いとゆゆしくいみじと臥しまろぶ

 解説

一気に読ませる文章である。途中で区切ることが出来ない。右近、侍従の行動力と母親の嘆きが印象的である。

「忍びたることとても、御心より起こりてありしことならず。

右近と侍従は自分達二人だけが知っている、浮舟と匂宮の関係を母親である中将の君に教えた方がいいかどうか話し合った。「浮舟様と匂宮との関係は世間に知られて困る秘密ですが、女の側から望んで起きた事ではありません。男からの強い働きかけで起きたのです。」

親にて、亡き後に聞きたまへりとも、いとやさしきほどならぬを、ありのままに聞こえて、

やさしき は、ここでは恥ずかしいという意味である。母親が亡くなられた後で事実を知ったとしても、匂宮の高い身分を考えれば決して恥ずかしい事ではありません。思い切って本当のことを母君に申し上げましょう。

かくいみじくおぼつかなきことどもをさへ、かたがた思ひまどひたまふさまは、すこしあきらめさせたてまつらん。

母君は何故娘の浮舟が行方不明になったのかは理由が分からず、見当違いのことまで想像したり、様々な憶測をしたりして苦しんでいる。事実を明らかにすれば、娘を失った悲しみは癒えないまでも何故そうなったかが理解できて、少しは我が子を思う故の悲しみが和らぐのではないだろうか。

亡くなりたまへる人とても、(から)を置きてもてあつかふこそ世の常なれ。

もう一つ母君に真実を告げねばならない理由は、母君に納得してもらったうえで、葬儀を早く済ませねばならないからである。そもそも人が亡くなった場合に、親族の人々は遺体を目の前にして心の整理をして、葬儀の準備をするものである。

世づかぬけしきにて日ごろも()ば、さらに隠れあらじ。なほ聞こえて、今は世の聞こえをだにつくろはむ」

今回は亡骸が無いという異常事態である。このままに過ごしていると、浮舟の入水の事が世間に知られてしまう。矢張り母君には本当のことを話して、何とか世間の噂になることだけは防がねばならない。

と語らひて、忍びてありしさまを聞こゆるに、言ふ人も消え入り、え言ひやらず、

右近と侍従はこのような結論に達して、母君にこっそり匂宮との関係を話した。話す側の右近と侍従は死んでしまいたくなるほど辛くて言葉に詰まった。

聞く心地もまどひつつ、さば、このいと荒ましと思ふかわに流れ()せたまひにけりと思ふに、いとど我が落ち入りぬべき心地して

さば は、そうであるならば という意味である。

聞く側も心が乱れに乱れた。母親は、娘はこのまことに荒々しい宇治川の流れに我とわが身を投じて、はるか下流に流されてしまったのかと思うと、自分もこの川に飛び込んで死にたいと激しい衝動に駆られる。

「おはしましにけむ方を尋ねて、骸をだに、はかばかしくをさめむ」とのたまへど、

母君は娘の体が流れ着いた場所を、何としても探し求めてせめて亡骸だけでも見つけて、柩に納め葬儀を執り行いたいと口にする。

「さらに何のかひはべらじ。行く()も知らぬ大海の原にこそおはしましにけめ。さるものから、人の言ひ伝へんこといと聞きにくし」と聞こゆれば、

けれども右近と侍従は強く反対する。「いくら探しても見つかりません。宇治川の流れは早すぎます。今頃はきっと淀川の河口から大海原に出て遥かな沖合の海底に沈んでいることでしょう。それなのに無駄な捜索をして人目に付くと、外聞も悪いし世間ではある事無い事を囃し立てる事でしょう。」と母親をいさめる。

とざまかくざまに思ふに、胸のせきのぼる心地して、いかにもいかにもすべき方もおぼえたまはぬを、

とざまかくざま は、あれやこれや である。

母君の心はあれやこれや考え、乱れに乱れる。胸が詰まりそうになって苦しくてたまらない。どうしてよいのか分からず、途方に暮れている。

この人々二人して、車寄せさせて、御座(おまし)ども、け近う使ひたまひし調度ども、みなながら脱ぎおきたまへる御(ふすま)などやうのものをとり入れて、

それで右近と侍従の二人が葬儀一切を取り仕切った。車を部屋近くまで寄せさせ、浮舟が使っていた敷物や、普段から手にしていた調度品、さらにはそっくりそのまま脱ぎ捨ててあった夜具まで、車の中に積み込んだ。

()母子(のとご)大徳(だいとく)、それが叔父の阿闍梨、その弟子の睦ましきなど、もとより知りたる老法師など、御(いみ)に籠るべきかぎりして、人の亡くなりたるけはひにまねびて、出だし立つるを

部屋の中で見送るのは乳母の息子の大徳や、その叔父にあたる阿闍梨、その弟子たちの気心の知れているもの、昔からの知己である高齢の法師など、浮舟の関係者ばかり。彼らはあくまで浮舟が亡くなった直後のように見せかけて、車を火葬に送り出した。これは遺骸なき葬儀である。中国古代の伝説上の君主の黄帝は昇天したので、人々は黄帝が身に着けていた衣服や冠まで、亡骸の代わりに墓に葬った。また我が国古代のヤマトタケルは白い鳥となって(あま)()けたので、残された人々はやはり彼が身に着けていた衣服や冠を埋葬したのである

乳母、母君は、いとゆゆしくいみじと臥しまろぶ

浮舟の乳母も母君も何と悲しく恨めしい事かと、体を地面に投げ出し転げ回って泣き叫んだ。

 

この後葬儀が行われた。それは次の様にある。

この車を、向かひの山のまえなる原にやりて、人も近うも寄せず、この案内(あない)知りたる法師のかぎりして焼かす。いとはかなくて、(けぶり)ははてぬ。

亡骸の無い火葬なので、煙は余り出なかった。室町時代にも遺体なき葬式という手法がある。そこでは このしろ などの魚を燃やして、独特の臭いを発生させということがある。

薫は石山寺に参篭中に浮舟の失踪を知る。匂宮は浮舟の失踪の衝撃で病に伏す。浮舟の四九日が終わると、匂宮は又新たな恋を始める。薫は女一宮に仕える小宰相という女房を相手に心を慰めている。

 

さて六条院の春の町では、蓮の花が満開になった。明石の中宮が主催して、光源氏と紫の上の供養の為に盛大な法事が行われた。その後、小宰相に会おうとした薫は偶然にも女一宮を覗き見した。柏木が朱雀院の女二宮を妻にしていながら女三宮を愛した様に、薫も今上帝の女二宮を妻にしていながら、女一宮に憧れを抱いている。女一宮の母は明石中宮である。盛大な法要が終わり後片付けの為、襖などは取り払われていた。五日間続いた法要で疲れた女房達の多くは局に下がり、人は少なくなっていた。薫は僧侶に用件があったので釣殿に足を運んだが、僧は退出していた。手持無沙汰で休んでいる薫は恋人の小宰相の姿を探す。仕切りの襖が空いている所から部屋の中が覘ける。続きを読む。

朗読③大騒ぎで氷を割っている女房と童がいる。それを笑って見ている美しい人がいる。薫はその人を見つめている。

()を物の蓋に置きて割るとて、騒ぐ人々、大人三人ばかり、童とゐたり。唐衣も汗衫(かざみ)も着ず、みなうちとけたれば、御前とは見たまはぬに、白き薄物の御()着たまへる人の、手に()をもちながら、かくあらそふをすこし笑みたまへる御顔、言はむ方なくうつくしげなり。いと暑さのたへがたき日なれば、こちたき御髪(みぐし)の、苦しう思さるにやあらむ、すこしこなたになびかして引かれたるほど、たとへんものなし。

 解説 女一宮を覗き見している薫の目と心に寄り添って鑑賞する。

()を物の蓋に置きて割るとて、騒ぐ人々、大人三人ばかり、童とゐたり。

暑い日なので、三人ばかりの女房と()の童は大騒ぎして氷を割っている。氷は何かの蓋の上に置かれている。氷は4月から9月は、氷室に保管されている。必要に応じて天皇や中宮に献上される。特に暑さの厳しい6月と7月には多くの量が献上される。薫が目撃したのは中宮に献上される氷を、その娘である女一宮の女房達が割っている場面であった。固い氷を割るのはかなり重労働である。

唐衣も汗衫(かざみ)も着ず、みなうちとけたれば、御前とは見たまはぬに、

女房達は余りに暑い日なので、主人の前で羽織るべき唐衣を着ていないし、女の童も飾りを着ていない。彼女たちがくだけた服装なので、まさかここに女一宮がいるとは思わなかった。

白き薄物の御()着たまへる人の、手に()をもちながら、かくあらそふをすこし笑みたまへる御顔、言はむ方なくうつくしげなり

薫の目には大きな氷を割りかねている女房達の大騒ぎを、白い薄物の御召し物を着て、氷を手にしながら上品な笑みを湛えて見ている女性が見えた。その御顔は何とも美しかった。

いと暑さのたへがたき日なれば、こちたき御髪(みぐし)の、苦しう思さるにやあらむ、すこしこなたになびかして引かれたるほど、たとへんものなし。

今日は殊の外暑いのでボリュ-ムのある長い髪が、暑いのであろうか少しばかり薫の見ている方角になびかせている様子は何とも例えようもなく美しい。この卓越した美しさの持ち主が女一宮なのである。

 

次に展開する場面を読む。

朗読④このお方に比べたら女房達は土くれみたいなもの。そのお方の声を聞いても嬉しい。

ここらからよき人を見集むれど、似るべくもあらざりけりとおぼゆ。御前なる人は、まことに土などの心地ぞするを、思ひししづめて見れば、黄なる生(すずし)単衣(ひとえ)、薄色なる裳着たる人の、扇うち使ひたるなど、用意あらむはや、とふと見えて、「なかなかものあつかひに、いと苦しげなり。たださながら見たまへかし」とて、笑ひたるまみ愛敬(あいぎょう)づきたり。声聞くにぞ、この心ざしの人とは知りぬる。

心つへよく割りて、手ごとに持たり。(かしら)にうち置き、胸にさし当てなど、さまあしうする人もあるべし。この人は紙に包みて、御前ににもかくてまゐらせたれど、いとうつくしき御手をさしやりたまひて、(のご)はせたまふ。「いな、持たらじ。雫むつかし」とのたまふ、御声いとほのかに聞くも、限りなくうれし。

 解説  

ここらからよき人を見集むれど、似るべくもあらざりけりとおぼゆ。

26歳になった薫はこれまで美しい女性を沢山見てきたが、今見ている女性の美しさに匹敵する女性など誰一人としていないと思う。

御前なる人は、まことに土などの心地ぞするを、

このお方の前で、控えている女房達はまるで泥のように思われる。「長恨歌伝」には、左右前後を顧みるにまるで土の如し とあり、楊貴妃の美貌の前に他の女性が土に見えたと書かれている。薫の見ているお方の美貌は楊貴妃に匹敵する。

思ひししづめて見れば、黄なる(すずし)単衣(ひとえ)、薄色なる裳着たる人の、扇うち使ひたるなど、用意あらむはや、とふと見えて、

けれども薫は心のときめきを抑えて、冷静になって周りの女房達を観察した。すると一人、魅力的な女房が見分けられた。その女房は黄色の (すずし)単衣(ひとえ) を着て、薄い紫色の裳 を付け、扇 を使っている。所作などが洗練されいかにも細やかな心配りの持ち主だと好もしく感じられる。

「なかなかものあつかひに、いと苦しげなり。たださながら見たまへかし」とて、笑ひたるまみ愛敬(あいぎょう)づきたり。声聞くにぞ、この心ざしの人とは知りぬる。

その女房は氷を割りなどしている女房達に話しかける。氷はそのまま持ってはいけないのに、そんなに苦労しているのは暑苦しそうです。割らずにそのまま氷を見て涼めば良いではありませんか。にっこり笑う目の辺りはとても魅力にあふれている。その声を聞いて、薫は自分の恋人の小宰相だと気付いた。

心つへよく割りて、手ごとに持たり。(かしら)にうち置き、胸にさし当てなど、さまあしうする人もあるべし。

それでも氷に悪戦苦闘していた女房達は何とか割ることに成功した。女房達は手ごとに小さな氷を持っている。中には氷を頭に乗せたり胸をはだけて氷を当てたりする行儀の悪いのもいる。この部分は物語の俳諧で、滑稽でユーモラスな描き方である。

この人は紙に包みて、御前ににもかくてまゐらせたれど、いとうつくしき御手をさしやりたまひて、(のご)はせたまふ。

薫が寵愛している小宰相は、氷を紙に包んで手に持っている。そして同じ様に紙に氷を入れて、女一宮に差し上げた。宮は見るからに可愛らしい手を冷たい氷に差し出し、手を拭わせていらっしゃる。

「いな、持たらじ。雫むつかし」とのたまふ、御声いとほのかに聞くも、限りなくうれし。

宮の声が薫に突然聞こえてきた。「いやだ。手に持たない。氷が溶けて雫になるのは好きではない」この声を聞いた薫は大きな喜びに満たされた。

この場面は気高い女一宮、優美に振る舞う小宰相、氷を頭や胸に当てて大騒ぎする女房という風に、心掛けの優劣を描き分けている。

「源氏物語」を教訓として読む「湖月抄」は、この場面を読んで、女の心遣いをしっかり学ぶようにと教え諭している。

 

薫は女一宮に憧れている。ならば大君はどんな位置づけだったのであろうか。そして浮舟の存在は薫にとって何だったのだろうか。薫は憧れの人の女一宮の雰囲気を再現したくて、自分の妻であり女一宮の義母妹である女二宮に女一宮と同じ格好をさせ、同じ氷を持たせた。けれども全く似ていなかった。かつて光源氏は横笛を奏でる幼い薫を見て、大きくなって女一宮と騒ぎを起こさねば良いがと心配していた。光源氏の危惧はこれから的中するのであろうか。不義で生まれた息子である薫は、父親である柏木と同じ様になるのか。それとも父親とは違うのだろうか。宇治十帖の薫の生き方から考えると、私(講師)は後者のような気がします。

 

さてその頃、亡くなった式部卿宮・蜻蛉宮の娘が、女一宮に仕える女房として出仕してきた。宮の君と呼ばれる。早くも匂宮が彼女に近付いてくる。世が世なれば東宮の后にも或いは薫の北の方にもなる可能性があった彼女が、今は女房になっている。その境遇を思うと薫には様々な感慨が湧いてくる。その時飛び違う蜻蛉が薫の目に入る。蜻蛉の巻の巻末の場面を読む。今は秋である。

朗読⑤宮の君を見るにつけ、八の宮の姫君の事を思い出す薫。蜻蛉を見ながら独り言をする。

これこそは、限りなき人のかしづき()ほしたてたまへる姫君、また、かばかりぞ多くはあるべき、あやしかりけることは、さる聖の御あたりに、山のふところより出で来たる人々の、かたほなるはなかりけるこそ、この、はかなしや、軽々しやなど思ひなす人も、かやうのうち見る気色、いみじうこそをかしかりしか、と何ごとにつけても、ただかの一つゆかりをぞ思ひ出でたまひける。あやしううつらかりける契どもを、つくづくと思ひつづけながめたまふ夕暮、蜻蛉のものはかなげに飛びちがふを、

 「ありと見て 手にはとられず 見ればまた 行く方もしらず 消えしかげろふ

 あるかなきかの」と、例の独りごちたまふとかや。

 解説

これこそは、限りなき人のかしづき()ほしたてたまへる姫君、

薫は宮の君の薄幸の人生を考える。その宮の君の父親である式部卿宮・桐壺帝の皇子がかしずくようにして育てた正真正銘の姫君である。

また、かばかりぞ多くはあるべき

無論、彼女より明らかに優れている女性は殆どいないだろう。けれども彼女と同じくらい素晴らしい女性ならば、外にも沢山いるだろう。

あやしかりけることは、さる聖の御あたりに、山のふところより出で来たる人々の、かたほなるはなかりけるこそ、

今でも不思議でならないのは、仏法に心を寄せていた俗聖(ぞくひじり)・八の宮を父として生まれ、宇治という山里で育った二人の娘たち、大君と中君にはここが良くないという欠点が何一つとしてなかったことだ。二人は明らかに宮の君より素晴らしい女性であった。

この、はかなしや、軽々しやなど思ひなす人も、かやうのうち見る気色、いみじうこそをかしかりしか、

あのしっかりしていない、軽薄だと言わざるを得ない女、浮舟も八宮の娘であり、見た目には宮の君と同じ様に美しい女だった。

と何ごとにつけても、ただかの一つゆかりをぞ思ひ出でたまひける。

この様に薫は何事につけても宇治の三姉妹の事を思い出すのだった。

あやしううつらかりける契どもを、つくづくと思ひつづけながめたまふ夕暮、蜻蛉のものはかなげに飛びちがふを、

けれども三姉妹の誰一人として薫の人生を幸福にしてくれなかった。大君は結婚しないという強い意志を持って世を去った。中君は薫と結婚する可能性はあったものの、薫は自ら進んで匂宮の妻にした。そして浮舟は宇治に住まわせて会っていたものの、匂宮との三角関係の果てに突然いなくなった。その一人一人を回想しては、物思いに耽っていた薫がふと気づくと小さな虫がふらふらゆらゆらと飛び回っていることに気付いた。蜻蛉だろう。思わず歌を詠んだ。

  ありと見て 手にはとられず 見ればまた 行く方もしらず 消えしかげろふ

そこにいる、捕まえようと思えば、手に取ることが出来ずに、するりと逃げて行ってしまう虫。再び姿を現したので手に取ろうとすると、いつの間にか姿を消してしまう虫。それが蜻蛉。私を苦しめた宇治の三姉妹は蜻蛉だったのだ。

この歌には

 ありと見て 頼むぞかたき かげろふの いつとも知らぬ 身とは知る知る 古今和歌六帖

という歌が踏まえられている。

人の世は無常である。世間は蜻蛉のように儚い。この様な薫の世界観は宇治の姫君たちとの失恋によって確固たるものになった。

あるかなきかの」と、例の独りごちたまふとかや。

薫は思い入れたっぷりに歌を詠んだ後に、あるかなきかの といつものように独り言をつぶやいた。

この言葉は

  あはれとも 憂しともいはじ かげろふの あるかなきかに ()ぬる世なれば 後撰和歌集 よみびと知ら

  例えても はかなきものは かげろうの あるかなきかの 世にこそありけれ 出典未詳

の歌の一節なのである。この後、薫に起きた出来事はここでは書かずに、次の巻に譲ることにする。

 

所で藤原道綱の母は「蜻蛉日記」を書いた。この蜻蛉にも昆虫の蜻蛉と気象のかげろうの二つの説がある。私(講師)は昆虫だと思う。「源氏物語」54帖はあと二つの巻を残すのみである。作者は満を持して、死んだと人々が思い込んでいる浮舟を再登場させるのである。

 

「コメント」

 

浮舟再登場、興味がある。現代人には宇治十帖の方が受けるのでは。