250208㊺ 宿木の巻 49帖
今回は宿木の巻の名場面を読む。浮舟が登場する。巻の名前は和歌に因んでいる。その場面は後程読む。宿り木はクワやカエデに寄生する常緑樹である。この巻では大木に絡みつく蔦の意味である。「湖月抄」の年立てでは薫23歳から25歳まで。本居宣長の年立てでは1歳繰り上がって24歳から26歳まで。一つ前の早蕨の巻から一年、時間的に遡っている。まず薫の宮廷での活躍ぶりを読もう。彼は天皇のお気に入りである。
朗読①帝は薫と碁をお打ちになる。そして負けたので褒美と仰る。女二宮との結婚が匂わされる。
御碁など打たせたまふ。暮れゆくままに、時雨をかしきほどにて、花の色も夕映えしたるを御覧じて、人召して、「ただ今、殿上には誰々か」と問はせたまふに、「中務の親王、上野の親王、中納言の源朝臣さぶらふ」と奏す。「中納言の朝臣こなたへ」と仰せ言ありて参りたまへり。げに、かくとりわきて召し出づるもかひありて、遠くよりかをれる匂ひよりはじめ人に異なるさましたまへり。「今日の時雨、常よりことにのどかなるを、遊びなどすさまじき方にて、いとつれづれなるを、いたづらに日を送る戯れに、これなんよかるべき」とて、碁盤召し出でて、御碁の敵に召し寄す。いつもかように、け近くならしまつはしたまふにならひにたれば、さにこそはと思ふに、「よき賭物はありぬべけれど、軽々しくはえ渡すまじきを、何をかは」などのたまはする御気色、いかがみ見ゆらん、いとど心づかひしてさぶらひたまふ。
解説
御碁など打たせたまふ。暮れゆくままに、時雨をかしきほどにて、花の色も夕映えしたるを御覧じて、
今上天皇は娘の女二宮が、母を亡くしたのを慰める為に、彼女が暮らして居るお局にお渡りになった。帝は女二宮と囲碁をお打ちになる。日暮れになると時雨が降ってきては止み、趣き深さが増してきた。帝は夕日を浴びている菊の花を御覧になる。
人召して、「ただ今、殿上には誰々か」と問はせたまふに、
帝は「今、殿上の間に控えているのは誰か」とお尋ねになる。
中務の親王、上野の親王、中納言の源朝臣さぶらふ」と奏す。「中納言の朝臣こなたへ」と仰せ言ありて参りたまへり。
現在、中務の親王、上野の親王、中納言の源朝臣 の三人が控えております。と奏上する。このうちの 源朝臣 が薫である。源朝臣 をこれへと仰せがあったので、薫は参上した。
げに、かくとりわきて召し出づるもかひありて、遠くよりかをれる匂ひよりはじめ人に異なるさましたまへり。
三人の中から選ばれたのも尤もで、薫が近付くにつれて彼の発する香りが少しずつ匂ってくる。姿を現した薫は、面目が立つというのはこういう事だろうという素晴らしさであった。
「今日の時雨、常よりことにのどかなるを、遊びなどすさまじき方にて、いとつれづれなるを、いたづらに日を送る戯れに、これなんよかるべき」
帝のお言葉である。「ここに呼んだのは他でもない。今日の時雨は真に雰囲気がある。所が今は亡き藤壺の喪中なので、歌舞音曲は催せない。何かしたいが何もできないので困っている。こういう時には碁を打つのが良いと白楽天も言っていた。この言葉は「白氏文集」の 春を送ること唯酒あり。日を送ること碁に過ぎず。という漢詩を踏まえている。
とて、碁盤召し出でて、御碁の敵に召し寄す。いつもかように、け近くならしまつはしたまふにならひにたれば、さにこそはと思ふに、
碁盤を準備させ、薫を相手に碁をお打ちになる。薫は帝がお呼びになるのには慣れているので、いつもと同じだろうと思っていた。
「よき賭物はありぬべけれど、軽々しくはえ渡すまじきを、何をかは」などのたまはする御気色、いかがみ見ゆらん、いとど心づかひしてさぶらひたまふ。
賭物 は勝負に勝った側に与えられる褒美だが、「何かの褒美が必要であろうが、特上の褒美もあるのだがそう簡単にお前に授けられないのだ。何が良かろう。」と謎めいた冗談をなさる。薫は帝の深い意図を感じ取ったのか、いつもより緊張している。薫は帝が女二宮との結婚を許す積りでおられると理解した。
続きの場面を読む。
朗読②褒美の菊になぞらえて、更に仄めかせられる。
さて打たせたまふに、三番に数一つ負けさせたまひぬ。「ねたきわざかな」とて「まづ、今日は、この花一枝ゆるす」とのたまはすれば、御答へ聞こえさせて、下りておもしろき枝を折りて参りたまへり。
世のつねの 垣根ににほふ 花ならば 心のままに折りて見ましを
と奏したまへる。用意あさからず見ゆ。
霜にあへず 枯れにし園の 菊なれど のこりの色は あせずもあるかな
とのたまはす。
解説 「「湖月抄」の解釈を踏まえて現代語訳する。
碁が打ち始められた。三回戦って帝の一勝ニ敗。敗れた帝は残念な結果だと仰る。そして「そなたには特別の褒美を授ける積りだが、今日は菊の花一枝折ることを許そう。」と仰る。帝のお言葉は
「和漢朗詠集」
聞き得たり 園中に 花の艶を養うことを 君に請う 一枝の春を折らんことを許せ
という漢詩を踏まえている。この漢詩は、女性を花に例え女の親が結婚を承知することを、一枝の春を折ることを許すという表現をしている。帝は女二宮との結婚を許すという含みだったのだろう。薫は何も返事せず黙って庭に降り、見事な菊の花を折り取って帝の前に戻ってきた。そして歌を詠む。
世のつねの 垣根ににほふ 花ならば 心のままに 折りて見ましを
普通の屋敷の庭に咲く花ならば、私は何の遠慮もなく折り取れるでしょう。けれども宮中で咲く花、女二宮をどうして折り取ることが出来ましょう。遠まわしに女二宮との結婚に消極的であることを帝に伝えた、薫の気配りは立派である。帝も返歌をなさる。
霜にあへず 枯れにし園の 菊なれど のこりの色は あせずもあるかな
菊の花の中には、霜に耐えかねて枯れるものもあるが、霜が降りた後に美しく咲いている花もある。藤壺女御は亡くなったが、娘の女二宮は美しく成長している。
帝から皇女との結婚を仄めかされた薫は、その頃まだ生きていた大君を愛していた。その後に亡くなる。それでは、薫が中君の口から浮舟の存在を教えられる場面を読む。薫は亡き大君を恋い慕う余り、妹の中君への恋慕を強める。中君の夫である匂宮は、断り切れずに夕霧の六の君と結婚する。中君は匂宮との結婚に絶望し、宇治へ戻ろうと考える。
その相談に乗っていた薫は彼女に近付く。けれども彼女の妊婦用の腹帯を見て思い留まる。そんな薫に中君は、意外な事実を告げる。
朗読③ 薫と中君は夕闇の中で話す。薫近くに寄って手など握るので、中君は困惑してさりげなく振る舞う。
ここで中の君は異母妹の浮舟のことを薫に話す。
外の方をながめ出だしたれば、やうやう暗くなりにたるに、虫の声ばかり紛れなくて、山の方小暗く、何のあやめも見えぬに、いとしめやかなるさまして寄りゐたまへるも、わづらはしとのみ内には思さる。「限りだにある」など、忍びやかにうち誦じて、「思うたまへわびにてはべり。音なしの里求めまほしきを、かの山里のわたりにわざと寺などはなくとも、昔おぼゆる人形をも作り、絵にも描きとりて、行ひはべらむとなん思うたまへなりにたる」とのたまへば、「あはれなる御願ひに、また、うたて御手洗川近き心地する人形こそ、思ひやりいとほしくはべれ。黄金求むる絵師もこそなど、うしろめたくぞはべるや」とのたまへば、「そよ。その工匠も絵師も、いかで心にはかなふべきわざならん。近き世に花降らせたる工匠もはべりけるを、さやうならむ変化の人もがな」と、とざまかうざまに忘れん方なきよしを、嘆きたまふ気色の心深げなるもいとほしくて、いますこし近くすべの寄りて、「人形のついでに、いとあやしく、思ひよるまじきことをこそ思ひ出ではべれ」とのたまふけはひのすこしなつかしきもいとうれしくあはれにて、「何ごとにか」と言ふままに、几帳の下より手をとらふれば、
いとうるさく思ひならるれど、いかさまにして、かかる心をやめて、なだらかにあらんと思へば、この近き火との思はんことのあいなくて、さりげなくもてなしたまへり。
解説
外の方をながめ出だしたれば、やうやう暗くなりにたるに、虫の声ばかり紛れなくて、山の方小暗く、何のあやめも見えぬに、
二条院で匂宮の留守中、中君は薫と話し合っている。部屋の中に目を向けると、少しずつ暗くなってきて虫の声が大きく聞こえる。庭の奥にある築山の辺りも暗くなり、その辺りに何があるのか見分けられない。
いとしめやかなるさまして寄りゐたまへるも、わづらはしとのみ内には思さる。
薫は帰りもせず、いかにも思い詰めたという風情で寄りかかって座っている。御簾の内側の中君は、薫を困ったお方だと思い始める。
「限りだにある」など、忍びやかにうち誦じて、
中君が自分を迷惑に思っていることに薫は気付かない。その内に 「限りだにある」 という言葉を口ずさんだ。
これは 悲しさの 限りだにある 世なりせば 年へても ものは思はざらまし 古今集
の一節である。自分は今もまだ大君のことが忘れられないと訴えているのである。
「思うたまへわびにてはべり。音なしの里求めまほしきを、かの山里のわたりにわざと寺などはなくとも、昔おぼゆる人形をも作り、絵にも描きとりて、行ひはべらむとなん思うたまへなりにたる」
薫の言葉である。もう私はどうしたらよいか分からなくなりました。
恋ひわびぬ ねをだに泣かむ声たてて いづれなるらむ 音無のさと 古今和歌集 という歌がある。
思い切り声を立てて誰にも迷惑にならない音無の里を私は探しているのです。宇治の山里には寺のような建物を作りたいと思っている。そこには本尊の代わりに、今は亡き大君そっくりの人形・彫像を作って安置し、又大君の姿を絵に描いて飾りお務めしたいのです。唐の高宗が7歳で逝去した皇子の人形を作らせ、安置させたと伝えられている。漢の武帝は寵愛した夫人との別離に肖像画を描かせ、夫人の人形を柔らかい布で作らせたとも伝わる。私も彼らに倣いたい。
中君が答える。
「あはれなる御願ひに、また、うたて御手洗川近き心地する人形こそ、思ひやりいとほしくはべれ。黄金求むる絵師もこそなど、うしろめたくぞはべるや」
何と心の籠った願いでしょう。ただ人形という言葉は、いささか気になります。だって人形は禊をする時に、水に流して捨ててしまう人形でしょう。「伊勢物語」に
恋せじと 御手洗川に せしみそぎ 神はうけずも なりにけるかな という歌がある。
もう恋はしないと決心して御手洗川でした禊だが、神は願いを受け入れてはくれなかった。→また恋をしてしまった。もしあなたが姉への恋心を断念しようとして、姉上とそっくりの人形を水に流して捨ててしまったら、姉上が可愛そうです。
また 恋せじと の歌は恋心の強さを訴える歌なので、そんな邪念でお寺のお勤めしても仏様は決してあなたの願いを叶えてくれないでしょう。もう一つ心配なことが有ります。姉上とそっくりな肖像画を描かせたいとのことでしたが、絵師はあの王昭君を醜く描いた 毛延寿 のように、賄賂のお金を求めたりするので、思うような肖像画が完成するか不安です。
薫の答である。
「そよ。その工匠も絵師も、いかで心にはかなふべきわざならん。近き世に花降らせたる工匠もはべりけるを、さやうならむ変化の人もがな」と、とざまかうざまに忘れん方なきよしを、嘆きたまふ気色の心深げなるも
仰る通りです。お金を出さなかったら似ても似つかぬ肖像画になるでしょうが、どんなにお金を使っても元気な頃の大君そっくりな顔を描き留められる絵師は存在しません。武帝が愛した夫人を描かせた肖像画は、良く出来ていたのだが、言葉を話すこともにっこり笑うことも出来ない。聞くところによると、名人として知られる飛騨の匠は、花が空から降っている様に見える精巧な仕掛けを作ったそうだ。そうした人間離れした秘術を持った名人が、私の前に現れてくれたらと思う。薫はこのように大君を忘れられない思いを切々と訴える。その姿はいかにも哀切で心が籠っている様に感じられた。中君はどうしただろう。
いとほしくて、いますこし近くすべの寄りて、
中君は薫が可愛そうになった。又彼が自分への求愛を仄めかすのも煩わしくなった。それでこれまで薫と簾越しに話していた中君は、少し前に進み出で意外な情報を伝え始めた。
「人形のついでに、いとあやしく、思ひよるまじきことをこそ思ひ出ではべれ」とのたまふけはひのすこしなつかしきもいとうれしくあはれにて、
「亡き姉上とそっくりな人形を作りたいとのお話でしたね。それを聞いて思い出したことがあります。」そのように話す中君の雰囲気が、薫への親愛の情に溢れている様に感じたので、薫は嬉しくなった。実の所、中君は薫に同情していたのではなくて、何かにつけて自分に近付く薫から逃れる格好の言葉を思いついたのである。
「何ごとにか」と言ふままに、几帳の下より手をとらふれば、いとうるさく思ひならるれど、
中君が自分に近付いてきたので、薫は「どういう事でしょう」と返事しながら、几帳の下から自分の手をスッと差し入れ、中君の手を掴んだ。中君は、また困った振舞いが始まったと嫌な気持ちになる。
いかさまにして、かかる心をやめて、なだらかにあらんと思へば、この近き火との思はんことのあいなくて、さりげなくもてなしたまへり。
中君は何とかして薫のこの迷惑な振舞いを止めさせて、安心して対話できるようになりたいと思う。すぐ近くには女房達も控えている。手を握られていても女房たちには気取られないようにしている。中君に迷惑がられているのに、鈍感な薫は気付かない。この後浮舟という女性の存在を薫に教えた。
薫は晩秋の宇治を訪れ、弁を訪ねて浮舟の詳しい素性を知った。八宮は北の方と死別した後、北の方の姪に当たる女房・中条の君と親しくなり浮舟を生んだ。それでも八宮は、中将の君と浮舟を顧みなかった。中将の君は受領の男と結婚して陸奥に下った。その後常陸の国に下っていたけれども、この度帰京したというのである。浮舟の年令は20歳。この後薫は宇治の淋しい晩秋の光景を歌に詠む。
朗読④
木枯のたへがたきまで吹きとほしたるに、残る梢もなく散り敷きたる紅を踏み分けける跡も見えぬを見わたして、とみにもえ出でたまはず。いとけしきある深山木にやどりたる蔦の色ぞまだ残りたる。こだになどすこし引き取らせたまひて、宮へと思しくて、持たせたまふ。
やどり木の 思ひいでずは 木のもとの 旅寝もいかに さびしからまし
荒れはつる 朽木のもとを やどり木と 思ひおきける ほどの悲しき
あくまで古めきたれど、ゆゑなくはあらぬをぞいささかの慰めにはおぼしける。
解説
木枯のたへがたきまで吹きとほしたるに、残る梢もなく散り敷きたる紅を踏み分けける跡も見えぬを見わたして、とみにもえ出でたまはず。
今は9月の下旬、晩秋というより初冬。強い木枯らしが辺り一帯を吹いている。人間にとっては耐え難く、梢には葉も付いていない。紅葉が庭に散り敷いているが、人がそこを通った形跡もない。薫には言いようのない悲しみがこみあげてくる。直ぐに宇治を離れる気持ちにもなれない。
いとけしきある深山木にやどりたる蔦の色ぞまだ残りたる。こだになどすこし引き取らせたまひて、宮へと思しくて、持たせたまふ。
風情のある大きな木に絡みついている蔦の葉が褪せずに残っている。木の葉は落ち尽くしたのに、蔦は宿り木のように残っている。薫は こだに 蔦の一種を従者に命じて取ってこさせる。中君に宇治まで来た土産として差し上げようと思って持ち帰る。この こだに には、様々な解釈がある。蔦の一種と考えるのが多数説である。古い木に取り付いている小さな虫という説などもある。枯れ木に生えている蔦に、新たに登場した浮舟の比喩か。
やどり木の 思ひいでずは 木のもとの 旅寝もいかに さびしからまし
薫は思い浮かんだ歌を独り言のように口にした。植物の宿り木と、やどりき 昔宿ったことのある ことの掛詞である。昔、私はこの宇治の屋敷に何度も宿った。八宮と大君とも語った。その思い出が無かったならば、このさびしい屋敷で旅寝することは耐えきれないだろう。振り返れば私には、安定した居場所がなかった。宿り木が何かの木に寄生するように、どこを私の人生の拠り所とすべきか分からないまま、一時的なものに縋って生きてきただけだった。
と独りごちたまふを聞きて、尼君、
この薫の独り言を聞いた弁の尼も歌を詠んだ。
荒れはつる 朽木のもとを やどり木と 思ひおきける ほどの悲しき
八宮が逝去し大君も亡くなり中君も都に上ったので、今はもうこの宇治には腐りかけた枯れ木のような私しか残っていないが。けれどもかつてここに仏の道と愛を求めて宿ったことがあると、今でも忘れていないあなたの心の深さに私は同情します。
あくまで古めきたれど、ゆゑなくはあらぬをぞいささかの慰めにはおぼしける。
弁の人柄も、その歌の詠み振りも古風ではあるが、いささかの教養が感じられる。薫はこの歌を聞いて少しは心が慰められたように感じた。
さて年が明けた。本居宣長の年立てでは26歳。この年の2月、薫は権大納言で右大将を兼ねた。同じ月の20日過ぎ、今上帝の女二宮が裳儀を済ませ 成人式 翌日には薫との婚儀が取り行われた。3月下旬、女二宮は宮中から薫の住む三条院に移る。その前日、宮中の藤壺で盛大な菊の花の宴が催された。この時薫は横笛の巻で話題となっていた、柏木が大切にしていた横笛を思う存分に吹き鳴らした。薫の幸福の絶頂であった。けれども今上帝の女二宮との婚姻は、薫にとって真実の幸福だったとのかは疑問であった。もしかしたら薫は大君と結ばれたとしても、そして浮舟とやり直せたとしても、彼が求めた幸福には手が届かないのではなかろうか。それほど彼の出生の秘密は重いのである。
それでは薫が宇治で初めて浮舟の顔を見る場面を読む。薫は宇治に赴く。そして浮舟が弁と話しているのを垣間見たのである。
朗読⑤ 薫は宇治で、浮舟が弁の尼と話しているのを垣間見る。全く大君とそっくりなのに驚く。
尼君を恥ぢらひて、そばみたるかたはらめ、これよりはいとよく見ゆ。まことにいとよしあるまみのほど、髪ざしのわたり、かれをも、くはしくつくづくとしも見たまはざりし御顔なれど、これを見るにつけて、ただそれと思ひ出でらるるに、例の、涙落ちぬ。尼君の答へうちする声けはひ、宮の御方にもいとよく似たりと聞こゆ。
あはれなりける人かな。かかりけるものを、今まで尋ねも知らで過ぐしけることよ。これより口惜しからん際の品ならんゆかりなどにてだに、かばかり通ひきこえたらん人を得てはおろかに思ふまじき心地するに、ましてこれは、知られたてまつらざりけれど、まことに故宮の御子にこそはありけれと見なしたまひては、限りなくあはれにうれしくおぼえたまふ。
解説
尼君を恥ぢらひて、そばみたるかたはらめ、これよりはいとよく見ゆ。
浮舟は弁の尼と顔を合わすのを恥じて横を向いている。すると偶然ではあるが、浮舟は顔の正面を薫に向けることになった。こちらから覗いている薫は、はっきりと見届けることが出来た。
まことにいとよしあるまみのほど、髪ざしのわたり、かれをも、くはしくつくづくとしも見たまはざりし御顔なれど、これを見るにつけて、ただそれと思ひ出でらるるに、例の、涙落ちぬ。
目の辺りがまことに魅力的である。髪の生え際の辺りは、大君の顔をそれほどまじまじと見たわけではないが、浮舟の顔を見ると全く同じだと感じる。薫は浮舟の顔の中に恋しい大君の面影を見出し、涙が溢れてくる。
尼君の答へうちする声けはひ、宮の御方にもいとよく似たりと聞こゆ。
話しかける弁の尼に対して、浮舟が答える声が、薫にも聞こえてくる。その声は中の君にもそっくりだと感じられる。
あはれなりける人かな。かかりけるものを、今まで尋ねも知らで過ぐしけることよ。
何と素晴らしい女性なのだろう。これほどまでに大君とそっくりな女性がこの世にいたのに、これまで探しもせずに無駄に費やしたのが惜しまれる。
これより口惜しからん際の品ならんゆかりなどにてだに、かばかり通ひきこえたらん人を得てはおろかに思ふまじき心地するに、
弁の尼から聞いた話では、この浮舟は現在受領階級である常陸介の義理の娘であるらしい。例えそれほど低い身分であったとしても、これ程までに大君とそっくりな女性を見付けたら、おろそかには出来ないだろう。
ましてこれは、知られたてまつらざりけれど、まことに故宮の御子にこそはありけれと見なしたまひては、限りなくあはれにうれしくおぼえたまふ。
まして浮舟の父親は八宮である。八宮は浮舟を自分の娘としては認知しなかったと聞いているが、私の見る限り紛れもなく宮の血筋を引いている。浮舟の顔や声によって、大君と中君の異母妹であると見て取った薫は、これ以上はないと嬉しさを覚え、感動の余り胸が締め付けられるように感じた。
浮舟は大君とそっくりであった。それでは続きを読む。
朗読⑥ 薫はすぐにでも近くに行って、「生きておられたのですね」と慰めたい。女房達が不審がっているので引きさがる。
ただ今も、はひ寄りて、世の中のおはしけるものを、と言ひ慰めまほし。蓬莱まで尋ねて、釵のかぎりを伝へて見たまひけん帝はなほいぶせかりけん、これは別人なれど、慰めどころありぬべきさまなりおぼゆるは、この人に契りのおはしけるにやあらむ。尼君は、物語すこししてとく入りぬ。人の咎めつるかをりを、近くのぞきたまふなめりと心得てければ、うちとけごとも語らはずなりぬるなるべし。
解釈 ここは「湖月抄」の解釈を踏まえた現代語訳する。
薫はすぐにでも浮舟の近くまで寄っていき、「大君、あなたはまだこの世に生きていらっしゃったのですね」と言って、慰めてあげたいと思った。薫はなおも考え続ける。白楽天の長恨歌には、楊貴妃と死別した玄宗皇帝が魔法使いに、蓬莱の国まで行ってもらい、彼が持ち帰った形見の 釵 を見たということが書かれている。
玄宗皇帝は亡き楊貴妃と会っていないので形見の品だけを見ても、さぞかし張り合いがなくもどかしい焦燥感に駆られた事であろう。今、目の前に現れた浮舟は、亡くなった大君とは別人ではあるものの顔も声も生き写しだ。この浮舟を身近で見ていられたら、大君を失った悲しみも慰められるだろう。ここまで薫が思ったことは、薫と浮舟の間には結ばれる運命が前世から存在していたのだろう。
その内、尼君は浮舟との話を早めに切り上げて奥の部屋に戻った。浮舟の付き添いの女房達が良い香りがすると訝しんでいるのを聞いたからである。弁の尼の目には見えないが、どこからともなく薫の放つ芳香が漂ってきているので、近くから薫が浮舟を垣間見ているだろうと察知したからである。浮舟と打ち解けて話すと、その会話は薫に筒抜けになるので対面を打ち切ったのであろう。
薫は浮舟本人ではなく、死んだ大君を愛している。実態ではなく、観念を愛する薫の精神構造が、不思議と亡き大君の観念的に生き方と似通っている。薫と浮舟は似た者同士である。
「コメント」
宇治での話は続く。ロシアの人形 マトュシカみたいに、下から次から次へとでてくる。