今回は総角の巻の前半を読む。「湖月抄」の年立てでは薫 23歳の秋から冬。本居宣長では1歳繰り上がって24歳の秋から冬となっている。薫は大君の寝室に入り込むが、三度とも拒否された。ここが光源氏と薫との違いである。薫は恋を成就できないのである。紫式部は恋ではなく、人生を描こうとしたのかも知れない。タイトルの 総角 という言葉には、少年の髪型という意味と、紐の装飾的な結び方という意味がある。ここでは後者で 総角結びのことである。巻のタイトルは紐の結び方であるが、男と女は結びつかない。
八宮の一周忌が近付き、薫は法要の指図をしている。姫君たちは糸を結んで、奇麗に飾り付けている。薫と大君が和歌を贈答する場面を読む。
朗読①
御願文つくり、経、仏供養せらるべき心ばへなど書き出でたまへる硯のついでに、客人
あげまきに 長き契りを むすびこめ おなじ所に よりもあはなむ
と書きて、見せたてまつりたまへれば、例の、とうるさけれど、
ぬきもあへず もろき涙の 玉の緒に 長き契りをいかがむすばん
とあれば、「あはずは何を」と、恨めし気に流たまふ。
解説 行間を味わおう。
御願文つくり、
主語は薫である。薫は亡き八宮の一周忌の為に、立派な漢文で願文つまり仏への願いの文章を作って、清書している。
仏供養せらるべき心ばへなど書き出でたまへる
願文 には、何々のお経を幾つ、何々の仏像を幾つ奉納いたしますという内容を書く。
硯のついでに、客人
宇治では薫は客人である。薫は願文を清書した硯を使って、大君への歌を書く。
あげまきに 長き契りを むすびこめ おなじ所に よりもあはなむ
あなたが結んでいる総角結びは、美しい結び目が魅力的です。この総角結びでは、何度も同時に結び目が巡ってきます。また催馬楽の総角には、まろび合ひけり とうとう か寄り合ひけり とうとう という歌詞がある。そして催馬楽 総角の歌詞のように幸福な結ばれ方をして、いつまでも幸福に暮らしたいものです。
と書きて、見せたてまつりたまへれば、例の、とうるさけれど、
この様に書いて見せたので、大君はいつものように私が苦手な恋をほのめかしていると、厄介に思って素っ気ない返事をした。大君は援助を惜しまない薫に感謝しつつも、恋の相手としては見ていない。
ぬきもあへず もろき涙の 玉の緒に 長き契りをいかがむすばん
大君の返事である。ぬき は、玉などを糸で貫き通すことである。私は父が亡くなった後、涙が流れ続けていて、命も危うく感じられるほどです。このもろい涙のような私は、どうして末長い契りなど結ぶことが出来るでしょうか。
薫はがっかりして、さみしく思う。「あはずは何を」 は古今和歌集 よみびと知らず
片糸を こなたかなたに よりかけて あはずは何を 玉の緒にせむ
という歌の一節で、恋しい人と結ばれなくては、とても生きてはいられないという意味である。この巻では、薫は大君との結びつきを作れなかった。
人と人とが美しく結び合う事、即ち調和と平和が「湖月抄」の理解する「源氏物語」の主題である。薫はその主題を実現できなかった。薫が初めて大君に接近する場面を読む。大君に仕える女房達は、薫の人柄と身分、さらには財力に引かれ、大君と薫が結ばれることを願っている。女房達は薫に協力を惜しまない。大君は四面楚歌の状況で、部屋の中に侵入してきた薫を拒み通し朝を迎えた。
朗読② 大君の今の今日の描写である。
秋の夜のけはひは、かからぬ所だに、おのづからあはれ多かるを、まして峰の嵐も籬の虫も、心細げにのみ聞きわたさる。常なき世の御物語に時々さし答へたまへるさま、いと見どころ多くめやすし。いぎたなかりつる人々は、かうなりけりとけしきとりてみな入りぬ。宮のたまひしさまなど思し出づるに、げに、ながらへば心の外にかくあるまじきことを見るべきわざにこそはと、もののみ悲しくて、水の音に流れそふ心地したまふ。
解説 この場面は現代語訳で理解を深める。
秋の夜の情緒はただでさえ、あわれに感じられる。ましてここは宇治の山里、峰から吹き降ろす激しい風の音も、庭で鳴く虫の声も、全てが心細く聞こえる。そういう情緒の中で、薫は大君にこの世の無常について話す。すると無言を通していた大君も、この話題にだけは反応して時々返事をする。その様子は真に素晴らしく、欠点の無い女性だと思われる。年を取って早く寝たがっていた女房達は、男君と女君が同じ部屋で夜を過ごすからには、深い仲になるに違いない。良いことだと気を利かせて、遠くに離れているので、大君を守るものは誰もいない。大君は亡き八宮が言い置いていた言葉を、
しみじみと思い出す。父が私たちの事を心配していたのは、誠に尤もなことだった。父が亡くなってすぐに私が後を追わなかったのだから、私を守ってくれる人もいなくなった。女房達も私を見捨てて薫に協力している。父が存命であった頃には、思いもよらなかった事態に直面したことだと心の底から悲しくなる。宇治川の水と同じ様に、沢山の涙がこぼれる。
女房達は大君の為を思えばこそ、薫と結ばれて欲しいのである。続きを読む。
朗読③薫と大君は朝を迎える。
はかなく明け方になりにけり。お供の人々起きて声づくり、馬どものいばゆる音も、旅の宿のあるようなど人の思しやられて、をかしく思さる。光見えつる方の障子を押し開けたまひて、空のあはれなるをもろともに見たまふ。女もすこしゐざり出でたまへるに、ほどもなき軒の近さなれば、しのぶの露もやうやう光見えもてゆく。かたみに、いと艶なるさま容貌どもを、「何とはなくて、ただかやうに月をも花をも、同じ心にてもて遊び、はかなき世のありさまを聞こえあはせてむ過く゜さまほしき」と、いとなつかしきさまして語らひきこえたまへば、やうやう恐ろしさも慰みて、「かういとはしたなからで、物隔ててなど聞こえば、まことに心の隔ては更にあるまじくなむ」と答へたまふ。
解説
はかなく明け方になりにけり。
いつしか明け方になっていた。
お供の人々起きて声づくり、馬どものいばゆる音も、旅の宿のあるようなど人の思しやられて、をかしく思さる。
薫のお供をしている者たちは起き出して、帰りを促すかのように咳払いなどしている。馬もいつでも出発できるようにいなないている。薫は遠い国に旅する時には、宿駅に泊るという話を聞いたことがある。そういう宿駅はこういう感じなのだろうかと興味深く思った。
光見えつる方の障子を押し開けたまひて、空のあはれなるをもろともに見たまふ。
薫は光が仄かに漏れ入ってくる方角の襖を押し開いて、朝の空の情緒あふれる光景を一緒に眺める。
女もすこしゐざり出でたまへるに、ほどもなき軒の近さなれば、゜しのぶの露もやうやう光見えもてゆく。
女も奥の方から前の方ににじり出てくる。建物は狭く奥行きもないので、軒の偲ぶ草に宿る露が、明るくなる前の光に反射するのが美しく見える。
かたみに、いと艶なるさま容貌どもを、
男も女も二人とも、優美な顔立ちをしている。
「何とはなくて、ただかやうに月をも花をも、同じ心にてもて遊び、はかなき世のありさまを聞こえあはせてむ過く゜さまほしき」と、いとなつかしきさまして語らひきこえたまへば、
薫の言葉である。昨夜は私たちの間に何事も起きずに朝を迎えた。こういう風に男と女の関係というのではなくて、四季折々の美しい花を二人で眺めたり、無常な世の中をどう生きたら良いかを、率直に語り合ったりして時を過ごしたいものです。こう語る薫の言葉は魅力的であるが、
やうやう恐ろしさも慰みて、
薫が優しくなりかけたので、昨夜薫が部屋に突然入ってきた時に感じた恐怖心も薄らいだ。これが「湖月抄」の解釈である。本居宣長は反対している。朝になったので、薫がこれ以上迫って来ることはないだろうと、大君は安心したのだと言うのである。
「かういとはしたなからで、物隔ててなど聞こえば、まことに心の隔ては更にあるまじくなむ」と答へたまふ。
大君の返事である。「そうですね」とすぐ近くで顔を向き会わせず、今の私達のように、少し距離を安心してお話しするのであれば、仰る通り私たちは心の蟠りはなく、別の信頼感が生まれて来るでしょうと答える。
大君が薫との関係を拒否する理由がはっきりしない。そこで少し視点を変えよう。
もし二人が結ばれたらどうなるであろうか。正編で光源氏は男に警戒心を持たない紫の上と契りを交わし、夫婦になる。その後、紫の上は光源氏の失脚により生き別れで苦しんだ。女三宮が六条院にやってきたので、更に苦しんだ。その結果、男と女の関係は人間を幸福にしないという絶望感が残った。作者である紫式部は、正編の紫の上が人生の果てに辿り着いた結論を、大君の出発点として引き継がせたのではないか。
さて大君は、薫には妹と結婚して欲しいと願う人になる。薫の性格は悪くはない。八宮も高く評価していた。もし薫が望むなら娘と結婚させても良いと考えていた。けれども大君自身は独身を通したい。自分よりも若くて美しい妹、薫の妻になって欲しい。自分は妹の面倒を見てあげよう。薫は立派過ぎて
一緒にいると気難しい。親しい中になるのが躊躇われるという。大君の薫に対する評価は高いのか低いのか、よく分からない。
それでは薫が二度目に大君の部屋の入り込む場面をよむ。
朗読④ 部屋には大君はおらず、中の君がいた。大君は逃げたのである。
中納言は独り臥したまへるを、心しけるにやとうれしくて、心ときめきしたまふに、やうやう、あらざりけりと見る。いますこしうつくしくらうたげなるけしきしまさりてやとおぼゆ。あさましげにあきれまどひたまへるを、げに心も知らざりけると見ゆれば、いとほしくもあり、また、おし返して、隠れたまへらむつらさの、まめやかに心憂くねたければ、これをよそのものとはえ思ひはつまじけれど、なほ本意の違はむ口惜しくて、うちつけに浅かりけりともおぼえたてまつらじ、この一ふしはなほ過ぐして、つひに宿世のがれずは、こなたざまにならむも、何かは他人のやうにやはと思ひさまして、例の、をかしくなつかしきさまに語らひて明かしたまひつ。
解説
空蝉の巻で、光源氏が空蝉の部屋に侵入した時に、空蝉は逃げて義理の娘の軒端の荻 が残された場面を連想させる。
中納言は独り臥したまへるを、心しけるにやとうれしくて、心ときめきしたまふに、
薫は女房に導かれるままに大君の部屋に入りこんだ。意外な事に、大君一人で寝ていた。薫は女房達がうまく段取りして、妹の中の君には別の部屋で寝て貰ったのだろう。大君は私が部屋に入ってくるのを分かった上で、私と結ばれる心を固めてくれたのだろうと嬉しく思った。
やうやう、あらざりけりと見る
その内、手探りの感じや相手の雰囲気で、いやこの女性は大君ではない妹の中君なのだと分かった。
いますこしうつくしくらうたげなるけしきしまさりてやとおぼゆ。
薫の率直な印象では可愛らしくていじらしいと言う点では、姉君よりも妹君が勝っていると思えた。
あさましげにあきれまどひたまへるを、げに心も知らざりけると見ゆれば、いとほしくもあり、
中君が突然に男に接近されて驚き慌てている様子は、この妹君が男と夜を過ごしたことが無いのだと思えるので、自分の接近が彼女を混乱させてしまって可哀想なことをしたと反省した。これが「湖月抄」の解釈である。本居宣長は反対の意見を述べている。今夜、薫が自分たちの部屋に侵入してくることなど、中君は全く予想もしていなかったので、驚いたのだという。
私は「湖月抄」に賛成する。空蝉の巻で、光源氏が軒端の荻と契った時も、花の宴の巻で光源氏が朧月夜と契った時も、男は相手の女性が男性との経験がないことをはっきり理解している。薫と中君は深い関係にならなかった。
また、おし返して、隠れたまへらむつらさの、まめやかに心憂くねたければ、
その内に、自分を嫌ってこの部屋から逃げ出した大君に対して、恨めしいという気持ちが込みあげてきた。薫はそこまで大君から嫌われる自分が心底情けなく、又大君の仕打ちがしゃくに障る。
これをもよそのものとはえ思ひはつまじけれど、なほ本意の違はむ口惜しくて、
薫は今、中君と結ばれることの是非についても考える。姉と妹は一心同体なので、ここで妹と結ばれても大君と結ばれることと同じ様ではある。だが薫は一時の心の迷いを捨て去った。やはり自分は大君と人生について率直に語り合いたい。これは自分の本心であり、生きる目的でもある。大君と結ばれなかったら、自分の持って生まれた運命残念に思うだろう。
うちつけに浅かりけりともおぼえたてまつらじ、この一ふしはなほ過ぐして、つひに宿世のがれずは、こなたざまにならむも、何かは他人のやうにやはと思ひさまして、
少し複雑な文章である。ここで目の前にいる中君と契れば、直ぐ近くで事の推移を見守っている大君から、薫の自分に対する愛情はこの程度の浅いものだったと思われるだろう。それは嫌だ。何もせず朝を迎えよう、今後成り行きで中君と結ばれても、それはそうなってしまう運命だったからであり、私も中君も納得できるだろう。今此処で中君と結ばれたら、大君の代わりに中君を愛したことになる。この様に薫は冷静に考えた。それによって自分の愛を拒んだ大君に感じていた辛さを少しは忘れることが出来た。この様に色々と考えすぎるのが薫の性格である。
例の、をかしくなつかしきさまに語らひて明かしたまひつ。
これまで薫は中君とは色恋抜きで普通の会話を交わしてきた。この夜もごく普通の口調でおもいやりがあり、思わず女性が心を引き付けられるような雰囲気で語り明かした。
この場面を読む。
朗読⑤ 手引きした女房達の感想である。
老人どもは、しそんじつと思ひて、「中の宮は、いづこにかおはしまつらむ。あやしきわざかな」とたどりあへり。「さりとも、あるやうあらむ」など言ふ。「おほかた、例の、見たてまつるに皺のぶる心地して、めでたくあはれに見まほしき御容貌ありさまを、などていともて離れては聞こえたまふらむ。何か、これは世の人の言ふめる恐ろしき神ぞつきたてまつりたらむ」とは、歯うちすきて愛敬なげに言ひなす女あり。
解説
しそんじつ
「湖月抄」は、遣り損なったと解釈している。本居宣長も反対意見を述べていないので、失敗したと理解している。本居宣長の弟子の 森 朖 は しそんじつ ではなくて、しそしつ と読むべきだと指摘した。そし はうまくやり遂げたということである。今度こそ薫と大君とうまく結ばれたと確信したという解釈である。現在もこの立場である。「湖月抄」も本居宣長も読み間違っているのが面白い。この場面は「湖月抄」の解釈を踏まえて現代語訳をする。
さて年老いた女房達である。彼女たちは大君の幸せを願って、薫を寝室に導き入れたのである。所がどうにも様子がおかしい。大君はまたしても薫から逃れ去った様である。しくじってしまったと女房達は思った。女房達は「所で中君はどちらにおいででしょうか。見当たりませんね。おかしな成り行きです。」と不思議がっている。女房達は今夜、薫の手引きをしたのは、失敗だったとしても最終的にはなるようになるでしょう。大君と薫は結ばれるにきまっていると言っている。中でも年を取って歯がスカスカの女房は、愛想もなく公然と大君を批判し始めた。「そもそもこの人を結婚相手とするかしないかという選択に局面に直面していなくても、いつも目にしただけで心が伸びやかになって笑いがこぼれ、皺だらけの自分の顔までも若返るように思うのが、薫さまのご容姿です。それほどに素晴らしく感動的でいつまでも見て居たいと思うのが薫さまです。それなのに一体何ですか。大君の素っ気ない態度は。世間では結婚すべき適齢期までに結婚できなかった女には、悪い魑魅魍魎が取り付いて、その女の人生を狂わせると言われています。大君にはそういう悪いものが取り付いているのかもしれません。」
この時大君は26才である。人生経験が豊富な女房達が不思議がるように、大君には付き物が取り付いているのだろうか。室町時代の御伽草子に「鉢かづき」がある。ヒロインは頭に大きな鉢を被っている。この鉢がある為に彼女は化け物とみなされ、男たちに接近されず身を守ることが出来た。大君の頭には鉢ではなくて、目に見えない観念があるのでしょう。薫との関係を絶対に認めないという考えが。
さて薫は匂宮を宇治に誘い、中君と結び合わせる。中君が匂宮と結ばれれば、大君は薫と結婚してくれるだろうと思ったのである。所が大君は間もなく死去する。薫は中君を匂宮に譲ったことを後悔するのであった。この辺はアンドレ・ジイドの「狭き門」と似ている。それでは結ばれた匂宮と中君はどういう思いであっただろうか。
朗読⑥
明けゆく程の空に、妻戸おし開けたまひて、もろともに誘ひ出でて見たまへば、霧りわたれるさま、所がらのあはれ多くそひて、例の、柴積む船のかすかに行きかふ跡の白波、目馴れずもあ住まひのさまかなと、色なる御心にはをかしく思しなさる。山の端の光やうや見ゆるに、女君の御容貌のまほにうつくしげにて、限りなくいつきすゑたらむ姫君もかばかりこそはおはすべかめれ、わが方ざまのいとうつくしきぞかし、こまやかなるにほひなど、うちとけて見まほしう、なかなかなる心地す。水の音なひなつかしからず、宇治橋のいともの古りて見えわたさるるなど、霧晴れゆけば、いとど荒ましき岸のわたりを、「かかる所にいかで年を経たまふらむ」など、うち涙ぐまれたまへるを、いと恥づかしと聞きたまふ。
男の御さまの、限りなくなまめかしくきよらにて、この世のみならず契り頼めきこえたまへば、思ひよらざりしこととは思ひながら、なかなか、かの目馴れたりし中納言の恥づかしさよりはとおぼえたまふ。
解説
明けゆく程の空に、妻戸おし開けたまひて、もろともに誘ひ出でて見たまへば、
匂宮と中君が共に過ごした夜も明るくなり始めた。男は妻戸を押し開けた。一緒に外の景色を眺めましょうと、女に部屋の奥から庭に近い方に出てくるように誘った。そして二人並んで周囲の景色を見る。
霧りわたれるさま、所がらのあはれ多くそひて、例の、柴積む船のかすかに行きかふ跡の白波、
一面に霧が立ち込めている。宇治という場所故の環境もある。宇治川には柴を積んだ宇治の柴舟がいつものように行き交っている。
世の中を 何にたとえん 朝ぼらけ 漕ぎ行く舟の 跡のしら浪 沙弥満誓 拾遺和歌集
という歌がある。舟が通り過ぎた後には、跡のしら浪 が白く跡を描いているのが微かに見える。
目馴れずもあ住まひのさまかなと、色なる御心にはをかしく思しなさる。
匂宮は「これまで見聞きしたことの無い住まいの有様だね」と面白く感じる。というのは、宮は自然の美を愛でる方面で多感であるから。
山の端の光やうや見ゆるに、女君の御容貌のまほにうつくしげにて、
東の山から朝日が射してきて、少しずつ明るさが増してくる。これまで美しい姫たちを見てきた匂宮の目にも、中君の顔は完璧なまでに美しい。
限りなくいつきすゑたらむ姫君もかばかりこそはおはすべかめれ、わが方ざまのいとうつくしきぞかし、こまやかなるにほひなど、うちとけて見まほしう、なかなかなる心地す。
「湖月抄」は次の様に匂宮の心を理解している。親は天皇だったり大臣だったりして、これ以上はない程に育まれてきた深窓の姫君も、今、目の前にいる中君より美しいということはない。例えば比類なき美貌だと噂された女一宮にしても、父が天皇、母が中宮という最高の血筋への配慮に加えて、私の妹であるという身びいきから最高に美しいと見えるのだろう。この中君には繊細な美しさがある。洗練された華やかさもある。深く慣れ親しみ、彼女の美しさを堪能したいと思う。
なまじっか中君と結ばれ、類まれな美貌を知った故に、これから頻繁に会えないのが残念に思われる。これに対して「湖月抄」は、女一宮のことは無関係だと反論する。本文は姫君とある。女一宮ならば姫宮とすべきである。所が現在は姫宮とある本文で解釈されることが多いので、女一宮を指すことは確実である。ここは本居宣長の読み間違いである。
水の音なひなつかしからず、宇治橋のいともの古りて見えわたさるるなど、霧晴れゆけば、いとど荒ましき岸のわたりを、
宇治川の荒々しい水音は匂宮の耳に心地よいとは言えない。宇治川にかかっている宇治橋は大層古びているように見える。立ち込めている朝霧が少しずつ晴れてきたので、周りの情景が見え始める。それは荒涼とした岸辺だった。
「かかる所にいかで年を経たまふらむ」など、うち涙ぐまれたまへるを、
匂宮は中君に語り掛ける。「こういう所でどのようにあなたは過ごしてきたのですか。さぞかし淋しかったことでしょう。」匂宮は中君に同情して涙ぐむ。
いと恥づかしと聞きたまふ。
中君はこんな所で育った自分が恥ずかしいと思いながら聞いている。
男の御さまの、限りなくなまめかしくきよらにて、この世のみならず契り頼めきこえたまへば、
匂宮の姿形はこれ以上は望めない程の素晴らしさで、気品に溢れている。この世での永遠の愛を誓うだけでなく、来世でも一緒ですと固く約束する。
思ひよらざりしこととは思ひながら、
中君は自分が匂宮と結ばれることは予想できなかった縁であると思う。
なかなか、かの目馴れたりし中納言の恥づかしさよりはとおぼえたまふ。
中君はいつも会っている薫には常に気詰まりを感じる。気骨が折れるというか、自然な気持ちで話が出来ない。こちらの匂宮はごく自然に接していられるなどと二人の男を比較するのだった。薫に対する、中君の率直な評価が語られている。
「コメント」
薫の人物描写が面白い。何故この時代に薫がこういう性格になったのか。かなり現代的な解説が必要だ。