250111㊶ 橋姫の巻 (2)  45帖 

今回は 橋姫の巻 の後半を読む。前回は薫が晩秋の宇治を訪れる場面を読んだ。所が折悪しく、八の宮は寺に籠っていて不在。留守をしていた姉の大君(おおいきみ)と妹の(なかの)(きみ)が月を見ながら冗談を言い合っている姿を見てしまう。国宝源氏物語絵巻 にも描かれた名場面である。その場面を読む。

朗読①

内なる人、一人は柱にすこしゐ隠れて、琵琶を前に置きて、(ばち)を手まさぐりにしつつゐたるに、雲隠れたりつる月のにはかにいと明くさし出でたれば、「扇ならで、これしても月はまねきつべかりけり」とて、さしのぞきたる顔、いみじくらうたげににほひやかなるべし。添ひ臥したる人は、琴の上にかたぶきかかりて、「入る日をかへす撥こそありけれ、さま(こと)にも思ひおよびたまふ御心かな」とてうち笑ひたるれはひ、いますこし(おも)りかによしづきたり。「およばずとも、これも月に離るるものかは」など、はかなきことをうちとけのたまひかはしたるけはひども、さらによそに思ひやりしには似ず、いとあはれになつかしうをかし。昔物語などに語り伝へて、若き女房などの読むをも聞くに、かならずかやうのことを言ひたる、さしもあらざりけんと憎く推しはかるるを、げにあはれなるものの隈ありぬべき世なりけりと心移りぬべし

 解説

内なる人、一人は柱にすこしゐ隠れて、琵琶を前に置きて、(ばち)を手まさぐりにしつつゐたるに、

薫は使用人の男に教わった通りに垣根の戸を押し開けると、庭の向こう側に部屋があり、中には二人の姫君がいた。一人は柱が邪魔になってよく見えないが、庭を前に置き(ばち)を手でまさぐりながら座っている。八の宮は姉の大君には琵琶を、中君には筝・13弦の琴を教えた。ここは琵琶なので、「湖月抄」も本居宣長もこの女性を大君とみなしている。

雲隠れたりつる月のにはかにいと明くさし出でたれば、

それまでは雲に隠れていた月の光が急に射してきた。

「扇ならで、これしても月はまねきつべかりけり」とて、さしのぞきたる顔、いみじくらうたげににほひやかなるべし。

この姫君は手にしていた撥を掲げながら、月の光を呼び戻す扇という話はなかったかしら。琵琶の撥にもその力はあると見えますよ。私は扇ではなくて、この撥で月の輝きを呼び戻しましたよ と言いながら、撥越しに月を見ている。その顔はまことに可憐で華やかである。なお、扇と月の故事の話はよく分かっていない。

重山(ちょうざん)に隠れぬれば 扇を挙げてこれに(たと)ふ  という和漢朗詠集の漢詩があるが、扇で月を呼び戻した訳ではない。琵琶の撥は末広がりで扇に似ているので、姫君は何気なく扇ではなくこの撥でと口にしたのではないか。

添ひ臥したる人は、琴の上にかたぶきかかりて、「入る日をかへす撥こそありけれ、さま(こと)にも思ひおよびたまふ御心かな」とてうち笑ひたるれはひ、いますこし(おも)りかによしづきたり。

もう一人、物に寄り臥すようにしている姫君は、筝の上に前屈みになって「あら可笑しな言葉ですこと。沈みそうになっている太陽を撥をかざして、天高く呼び返すという話ならば聞いたことがありますが、沈みかけた月や雲に隠れた月を呼び戻す撥があるという話は聞いたことがありません。何か勘違いしているのではありませんか。」といって笑う様子は、先程の姫君よりももう少しおっとりとしていて、奥ゆかしい印象を受ける。この女性は琴即ち筝を前にしているので、「湖月抄」も本居宣長も、妹の中君だと解釈している。この彼女の話の出典も分からない。二人の姫君たちはその場の思い付きで、楽しく会話を交わしているのだろう。

「およばずとも、これも月に離るるものかは」など、はかなきことをうちとけのたまひかはしたるけはひども、

撥で月を呼び戻す話などないと言われた姫君は、「ええ、そんなことは私も分かっていますよ。撥は月を戻すことは出来ないでしょうが、琵琶と月は切っても切れないものなのです。琵琶の中で撥を納める場所を 月が隠れる (いん)(げつ) というでしょう などと、気を許し合った姉妹二人で他愛のないことを話し合っている様子である。

さらによそに思ひやりしには似ず、いとあはれになつかしうをかし。

薫はこれまで八の宮の家に二人の姫君がいることは知っていたが、興味を持つことはなかった。宇治という場所柄、優雅さとかけ離れた場所であると思っていたからである。けれども今、自分が見ている姫君たちの雰囲気は、全く予想と違っていた。誠にいじらしい。もっと近づきになりたいと、興味が湧いた。

昔物語などに語り伝へて、若き女房などの読むをも聞くに、かならずかやうのことを言ひたる、

世の中には沢山の昔話が語り伝えられていて、薫は若い女房たちが昔物語を読み聞かせるのを聞いたことがあった。例えば住吉物語、宇津保物語などには、美しい姫君を男がこっそり覗き見する場面があった。

さしもあらざりけんと憎く推しはかるるを、げにあはれなるものの隈ありぬべき世なりけりと心移りぬべし。

薫はこれは飽くまで作り物語の欺瞞(ぎまん)の設定であり、現実にこういう事が起る筈がないと、物語の嘘を憎たらしく思ってきた

所が自分はこうして美しい姫君たちの姿を見ている。薫は成る程、物語にある通りだ、この世の中には自分が之まで全く知らなかった所に、この様に心惹かれる女性が住んでいたのだと気付いた。

語り手が申しあげると、この時薫は宇治の姫君に深い愛情を抱いていたのですよ。

所で現在の学説では、姉と妹の当てはめが逆転している。最初に撥を翳し日の光を呼び返したと、口にしたのが妹の中君で、奥の方にいて少し落ち着いているのが、姉の大君だと考えるのである。手にしている楽器と性格のどちらを重視するかの違いである。薫は後の場面で初めて二人を見たのだから、どちらが姉でどちらが妹かは見当がつかず、私的な

会話を楽しむ姉妹を面白く感じているのである。この場面の後で、薫は大君と少しばかり話をする。父親が不在なので姉の大君が薫の相手をしたのである。

 

ここから薫と大君との組み合わせが確定する。ここに一人の年老いた女房が薫の前に現れた。彼女の名前は弁。弁は柏木の乳母の娘であった。柏木の乳母は女三宮の乳母とは姉妹であった。柏木と女三宮の中を取り持ったのは、女三宮の乳母の娘である小侍従であった。つまり弁と小侍従は従妹同志。弁は柏木と女三宮の関係に深く関っていた。

因みに小侍従の方は既に亡くなっている。この場面を読む。

朗読②

この老人(おいびと)はうち泣きぬ。「さし過ぎたる罪やと思うたまへ忍ぶれど、あはれなる昔の御物語の、いかならんついでにうち出できこえさせ、片はしをもほのめかし知ろしめさせんと、年ごろ念誦(ねんず)のついでにもうちまぜ思うたまへわたる(しるし)にや、うれしきをりをりにはべるを、まだきにおぼほれはべる涙にくれて、えこそ聞こえさせずはべりけれ」と、うちわななく気色(けしき)、まことにいみじくもの悲しと思へり。

 解説 ここは「湖月抄」の解釈を元に現代語訳をする。

薫と話をしたがっている老女房は、こみ上げてくるものがあるのか、いきなり泣き出した。後から考えれば、この時弁は目の前で薫の姿を見て、薫がこの世に生を受けるきっかけとなった出来事を思い出し、薫の真実の父親である柏木への懐かしさ故に、涙を堪えきれなかったのであろう。また自分の命があるうちに何とかして、柏木の遺志を薫に伝えたいと思い詰めていたのだろう。やがて老女は涙を抑えて語り始めた。「私のような立場の者が、あなた様にお声をかけるのは真に無礼な振舞いだということは承知しています。あなた様もさぞかし不愉快に感じておられることでしょう。ですから声をかけるのを躊躇しました。けれどもどうしても我慢できず声をかけてしまいました。私にはもう何年、いや20年近くも固く思い続けてきたことがあるのです。私だけが知っていて、あなたがご存じない、昔、確かに起きた哀れな出来事の一部始終をなんとしても、機会を見付けてあなたに申し上げ、その一端なりともお耳に入れ、真実を知って頂きたいと願い続けてきました。仏様にお祈りしていても、自分の極楽往生の祈りと一緒に、どうぞあなた様と巡り合わせて下さい、何としても私の抱えている真実を伝えさせて下さいとお願い続けました。その思いが通じたのでしょう。こうしてあなた様にお目に掛かれまして、心から嬉しく思っています。けれども早くも涙が溢れて来て、口がきけないのですと言う。老女が感動と興奮の余り、全身をブルブル振るわせている様子は、心の底から悲しいと思い詰めている様に見えた。

 

弁について まだきにおぼほれはべる涙にくれて という文章があった。「湖月抄」は、まだき について、早く と説明している。本居宣長は 早く という説明だけでは不十分である。まだ言葉を言い出しもしない内に早くも と 行間を補って解釈すべきだと述べている。「湖月抄」よりも本居宣長の方が、登場人物の心の襞に分け入っている。正篇の薄雲の巻では()()の僧都 が、冷泉帝に帝の出生の秘密を教えた。若菜上の巻では、明石の尼君が孫の明石の女御に、女御の出生の事実を教えた。そしてこの巻では弁が、薫に柏木と女三宮の秘密を教えるのである。但し弁は自分の口で真実を語らずに、柏木の遺書を薫に読ませるという方法をとる。証拠、物証があるだけに、薫の受けた衝撃は大きかったことであろう。その場面をもう少し後で読む。

 

さて薫は大君と和歌を詠み交わした。その中に巻の名前となった橋姫と言う言葉が見られる。この場面を読む。

朗読③

「網代は人騒がしげなり。されど氷魚(ひお)も寄らぬにやあらん、すさくーまじげなるけしきなり」と御供の人々見知りて言ふ。あやしき舟どもに柴刈り積み、おのおの何となき世の営みどもに行きかふさまどもの、はかなき水の上に浮かびたる、誰も思へば同じことなる世の常なさなり。我は浮かばず、玉の(うてな)に静けき身と思ふべき世かはと思ひつづけられる。

硯召して、あなたに聞こえたまふ。

橋姫の 心を汲みて 高瀬さす 棹のしづくに 袖ぞ濡れぬる

ながめたまふらむかし」とて、宿直(とのい)人に持たせたまへり。寒げに、いららぎたる顔して持てまゐる。御返り、紙の香などおぼろけならむは恥づかしげなるを、ときをこそかかるをりはとて、

  「さしかへる 宇治の(かわ)(おさ) 朝夕の しづくや袖を くたしはつらん

身さへ浮きて」と、いとをかしげに書きたまへり。

 解説

「網代は人騒がしげなり。されど氷魚(ひお)も寄らぬにやあらん、すさくーまじげなるけしきなり」と御供の人々見知りて言ふ。

供人たちの会話が聞こえてくる。網代は鮎の稚魚である氷魚(ひお)を取る為の仕掛けである。薫の供の中には網代に詳しい人がいて、世間話に興じている。毎年9月から12月までは宇治川の網代の辺りは、氷魚を獲ろうとするものが集まっているので何かと騒がしい。近江の国の川上川網代が有名だが、そこで取り逃がした氷魚が、宇治の網代でかかるのだ。けれどもこの折、氷魚が少なくなっているらしく、漁師たちは面白くないと言っていると訳知り顔で話している

あやしき舟どもに柴刈り積み、おのおの何となき世の営みどもに行きかふさまどもの、はかなき水の上に浮かびたる、

薫の心の中の思いである。薫の目は宇治川を眺めている。粗末な船が刈った柴を積んで儚い水の上を行き交っている。

誰も思へば同じことなる世の常なさなり。

考えてみればどんなに身分の高い人間であっても、無常の世の中に生まれている限りは、あの舟人達と同じことなのだ。なお本居宣長は 同じことなる の こと に濁点をうって、同じごとなる 同じ如くなる と解釈する説もあると、所有する「湖月抄」に書き入れている。

我は浮かばず、玉の(うてな)に静けき身と思ふべき世かはと思ひつづけられる。

そう気づいた薫はこの私にしても、柴舟に乗って水の上に浮かぶ境遇ではないと言い切れるだろうか。花の香りの大邸宅で、一生を安泰に暮らし続ける身の上と言えるだろうか。自分は仮の世の中、無常の世を生きているのは、彼らと同じことなのだとわが身を深く顧みて、世の中と人間の真実について考えている。

硯召して、あなたに聞こえたまふ。

薫は歌が浮かんだので、硯を持ってこさせて書き記して大君に贈る。

橋姫の 心を汲みて 高瀬さす 棹のしづくに 袖ぞ濡れぬる  薫の歌である。

宇治川の近くで暮らして居るあなたは、宇治橋の下にいる女神・橋姫のようなお方です。宇治川の流れを毎日御覧になっているので、どんなにか世の中の無常を感じ、淋しく過ごしていらっしゃることでしょうか。そのお心を思いやりますと、今、宇治川の浅瀬を行き交っている舟人達が、棹の雫で袖を濡らしているように、私の袖はあなたへの同情の涙で濡れるのです。

  (むしろ)に 衣かたきし 今宵もや 吾を待つらん 宇治の橋姫 古今和歌集

という歌もある。宇治には、宇治橋のすぐ北にある宇治神社と宇治上神社が鎮座する。守護神である橋姫には離宮明神が通っているという伝承と、住吉明神が通っているという伝承とがある。

ながめたまふらむかし」とて、宿直(とのい)人に持たせたまへり。

歌の後に、薫はさぞかしあなたは物思いに沈んでおられる事でしょうと書き添えて、屋敷の使用人に持っていかせた。

寒げに、いららぎたる顔して持てまゐる。

いららぎ は、鳥肌が立つこと。文使いを言い使った男は、顔にも鳥肌が立っているようで、いかにも寒そうな様子で、薫の歌を大君の所に持って行った。

御返り、紙の香などおぼろけならむは恥づかしげなるを、ときをこそかかるをりはとて、

とき は早く、すぐに という意味である。歌を受け取った大君は、相手が身分の高い薫なので、返事を書く紙に焚きしめる香も平凡な物であれば恥ずかしいので、返事をするのにも躊躇(ためら)われる。けれどもこういう時には何よりも早く返事をするのが大切だと考えて、返歌をしたためた。

さしかへる 宇治の(かわ)(おさ) 朝夕の しづくや袖を くたしはつらん 大君の歌である。

「湖月抄」には、初句から第五句まで全て大君自身のことを読んでいると言う説と、初句と第二句は薫のことを詠い、第三句から後は大君の身の上を読んでいるとする、二つの説を紹介している。あなたは宇治川を行き交う舟人のように、都と宇治を往復しておられます。私がいつも眺めている舟人の袖は、朝夕に濡れ続けているので、すっかり朽ち果てていることでしょう。私の袖も日々の淋しさに涙に濡れ、今にも朽ち果てそうです。これに対して本居宣長は、この歌の上の句には薫が都と宇治を往復するという意味はないと述べている。

身さへ浮きて」と、いとをかしげに書きたまへり。

大君は歌の後に、 さす棹の 雫に濡るる 袖故に 身さへ浮きても 思ほゆるかな

という歌がありますが、それが私の袖に零れる涙は大量なので、手紙の上に浮いてしまいそうです と、見事な筆跡で書いておられた。この様にして、薫と大君の交際は始まったのである。

 

冬になった。10月には薫は宇治を訪れる。八の宮は薫に、自分が死去したら姫君の面倒を見て欲しいと依頼する。その後、薫は弁と対面し柏木の遺書を手渡された。

都に戻ってその遺書を読んだ薫は、大きな衝撃を受けた。20年も前に書かれた柏木の遺書には、紛れもない柏木と女三宮の関係と、薫の誕生の経緯が書き記されていた。この場面を読む。

朗読④ 薫は京に帰って、何よりもこの袋を見た。柏木から女三宮への手紙なども入っている。

帰りたまひて、まづこの袋を見たまへば、唐の浮線稜(ふせんりょう)を縫ひて、「上」といふ文字を上に書きたり。細き組して口の方を結ひたるに、かの御名の封つきたり。開くるも恐ろしうおぼえたまふ。いろいろの紙にて、たまさかに通ひける御文の返り事、五つ六つぞある。さては、かの御手にて、病は重く限りになりにたるに、またほのかにも聞こえんこと難くんなりぬるを、ゆかしう思ふことはそひにたり、御かたちも変りておはしますらんが、さまざま悲しきことを、陸奥国紙五六枚に、つぶつぶとあやしき鶏の跡のやうに書きて、

  目の前に この世をそむく 君よりも よそにわかるる (たま)ぞかなしき

 解説

手紙を読む薫の心臓の鼓動が読者にも伝わってくる。

帰りたまひて、まづこの袋を見たまへば、唐の浮線稜(ふせんりょう)を縫ひて、「上」といふ文字を上に書きたり。

唐の浮線稜(ふせんりょう) は、大陸から輸入された高価な絹織物である。薫は宇治から都へ戻るやいなや、直ぐに弁から受け取った袋を御覧になる。その袋には文様が浮き織りになっている。高価な舶来の絹織物を縫い合わせたものだ。いかにも大切なものが入っている雰囲気だった。袋の上には「上」手紙を差し上げますという文字が書かれている。

細き組して口の方を結ひたるに、かの御名の封つきたり。

組 は、組紐(くみひも)のこと。 は、結び目に書き付けた記号である。

細い組紐で袋の口を結んであるが、そこには封がしてあり、柏木の直筆で花押が記されている。なおこの封については柏木が自分で自分の名を書き付けたというのが通説である。所が本居宣長は違うと主張している。本居宣長は、柏木の名前を書いて封をしたのは弁であるというのである。柏木が臨終の床で書いた手紙は、女三宮の手元にあったはずだ。

それを後に弁が取り返した。封をしたのは弁であるとする本居宣長は言う。流石に本居宣長の弟子の鈴木  (あきら)も、今思うにこれは薫の君の自ずからな付けたまへりし封なるべし と先生である本居宣長に反対している。私の推測では、柏木は死の直前に女三宮への最後の手紙を書き認めた後、これまで彼女から貰っていた手紙も、返却する積りだったのであろう。それらを一纏めにして袋に入れ、自分で封をして弁に託した。しかし弁は先方に届けられず、そのまま弁の手元に残ったのではないだろうか。

開くるも恐ろしうおぼえたまふ。

薫は袋の紐を解くのが恐ろしくてたまらない。でも思い切って封を切って袋の中を確認した。

いろいろの紙にて、たまさかに通ひける御文の返り事、五つ六つぞある。

すると様々な色の紙が出てきた。それらはごく稀に、女三宮から柏木への返信の56通なのだった。

さては、かの御手にて、

その他には柏木の筆跡で書かれた手紙が入っていた。これは臨終の絶筆であり、遺書でもある。

病は重く限りになりにたるに、またほのかにも聞こえんこと難くんなりぬるを、ゆかしう思ふことはそひにたり、

私の病は重くなる一方です。間もなく私の命は絶えてしまうでしょう。もう一度、女三宮・あなたと会うことも、人目を忍んで手紙を交わすことも困難です。あなたともう一度会いたいという気持ちは高まる一方です。

御かたちも変りておはしますらんが、さまざま悲しきことを、

最後の を は、間接話法の結びである。直接話法で始まった文章が間接話法に変化してしまうのは、「源氏物語」ではよくある。但し文章が整ってないと許せない本居宣長は、本文を と で結んで、直接話法にすべきだと言っている。

あなたは出家して尼になられたとか。何もかも全てのことが私には悲しくてならない。こういう内容のことが書かれていた。

陸奥国紙五六枚に、つぶつぶとあやしき鶏の跡のやうに書きて、

恐らく柏木の手元にはそれしかなかったのだろう。陸奥国紙五六枚 に書かれてあった。その筆跡は浜辺についた鳥の足跡のように、解読不能な文字でぽつぽつと記されていた。手紙には柏木の辞世の歌が記されていた。

    目の前に この世をそむく 君よりも よそにわかるる (たま)ぞかなしき 柏木の歌である。

あなたは自分で思い立って尼になられた。私は自分でも納得できないまま、この世を去ってあの世へ向かう。この世には未練が残ったまま死去する私の悲しみは、出家したあなたの悲しみよりもはるかに大きいのです。

この歌は こゑをだに 聞かで別かるる (たま)よりも なき床に寝む 君ぞかなしき 古今和歌集 

という歌を念頭に置いている。

男が地方に旅している留守中に、都で死に臨んだ妻が、実際に死んでいく私の悲しみよりも帰宅して、妻の私がいないので一人寝をするあなたの悲しみの方が大きいでしょうと、夫を(いと)おしく思う歌である。

相手を思いやるからこそ死が悲しかったり、後まで残る人が悲しかったりするのである。

 

続きの文章を読む。橋姫の巻の巻末になる。現代語訳をする。

朗読⑤ 薫が柏木の遺書を読む。

また、端に、「めづらしく聞きはべる二葉のほども、うしろめたう思うたまふる方はなけれど、

 命あらば それとも見まし 人しれぬ 岩根にとめし 松の()ひすゑ

書きさしたるやうにいと乱りがはしくて、「侍従の君に」と上には書きつけたり。紙魚(しみ)といふ虫の住み()になりて、古めきたる(かび)くささながら、ただ今書きたらむにも違はぬ葉どもの、こまごまとさだかなるを見たまふに、げに落ち散りたらましよとうしろめたういとほしきことどもなり。

かかること、世にまたあらんやと、心ひとつにいとどもの思はしさそひて、内裏(うち)へ参らんと思しつるも立たれず。宮の御前に参りたまへれば、いと何心もなく、若やかなるさましたまひて、経読みたまふを、恥ぢらひてもて隠したまへり。何かは、知りにけりとも知られたてまつらんなど、心に籠めてよろづに思ひゐたまへり

 解説

柏木の手紙の端には、必死の思いで書き付けられた言葉があった。「あなたと私との子供が生まれたというおめでたい情報を耳にしました。生まれたばかりの二葉・赤子の薫の未来に関しては、光る君のお許しがあるでしょうし、世間の人々は光る君の本当の子供と考えるでしょうから、私は心配していません。そして歌が記してあった。

  命あらば それとも見まし 人しれぬ 岩根にとめし 松の()ひすゑ

もしも私に余命があるならば、光る君という盤石の岩に、秘密の内に植え付けた松・薫がこれからどんな大木になっていくのか。あれが我が子だと心の中で思いながら見ることができるだろうに。この歌を書いている内にも、力が尽きたのだろうか。歌の後の結びの言葉もなく、書きさしたような感じで終わっていた。筆跡も極端に乱れていた。手紙の表には、侍従の君にと書いてあった。侍従を通して女三宮に渡そうとしたのであろう。20年以上も前に書かれた古い手紙なので、虫が喰った箇所もあった。虫の住処になってかび臭い。所が文字ははっきりと残っていて、墨の色は今書いたばかりのように鮮やかである。薫は、女三宮との関係も、子供が生まれたことも、その子供が光る君の子供として育てられるであろうことも、包み隠さず書いていた。薫はこの手紙が誰か他の誰かの目に触れるようなことがあれば、大変なことになったであろうと不安に思った。同時に実の父である柏木と母である女三宮のことを、可哀想な人たちだと思った。驚くべき内容の手紙を読み終えると薫は、こういう事が現実に起きたのだろうかと誰にも相談できないことなので、一層悩ましさが募った。柏木の遺書を読む前までは、宇治から都に戻ったらすぐに宮中に参内しようと予定していた。だがそういう気持ちにもなれず、母親である女三宮の部屋に顔を出すと、宮は何の悩みもない様な様子だった。柏木の遺書に書かれていたことなど、何にもなかったかのようなおっとりとした顔をしておられる。宮は本を読んでいたが、薫が入ってきたので恥ずかし気にお経を隠された。この時代には女性はお経を読むのに、人に隠れてこっそり読んだものである。こういう母の姿を見た薫は、私が母上と柏木の秘密を知ったことは知られないようにしようと決意した。柏木の遺書のことは自分の心の奥深くに秘めるしかないと。それでも薫は様々な物思いに沈むのだった。

 

(講師)は、薫が柏木の遺書をどのように処分したのかとても気になっている。

 

「コメント」

 

世の中というのはある事が又、次のある事を生み、次々と事象が繋がっていく。誠に不思議であると言われる。
しかし現実にはそうして、太古の時代から現在が出来上がっている。そして今後も。我々は単なるリレ-ランナ-。バトンを落としたら駄目だね。