241026㉚ 若菜上の巻 1 34帖
今回からは「源氏物語」の第二部に入る。人生の午後は、光源氏にとっても紫の上にとっても苦しいものとなった。若菜の巻は長いので上と下の二つに分けて読まれる。この古典講読では、若菜上に
二回、若菜下を二回に分けて熟読する。
今回は若菜上の巻の前半である。若菜上の巻は、光源氏39歳の冬から41歳の3月までを描く。
この巻は長く、話題は多岐にわたる。
朱雀院は出家する前に溺愛している女三宮を信頼のおける男性に嫁がせたいと願っている。その相手を誰にするかで悩んだが、最終的には光源氏に決まった。40歳になった光源氏を玉蔓たちがお祝いをする。ここが若菜という名の巻の名前の由来である。女三宮は正妻として六条院で暮らし始め、紫の上の悩みが始まる。東宮・次期天皇に入内していた明石の姫君が無事に男の子を出産した。この知らせを聞いて明石の入道は、娘の明石の君に長文の手紙を書き送った。女三宮が光源氏に嫁ぐ以前、彼女との結婚を望んでいたのが柏木である。彼はまだ女三宮に執着している。
六条院で蹴鞠の遊びがあった日に、猫のいたずらで偶然に女三宮の立ち姿を垣間見る。それが柏木の心に恋の炎をかきたてた。
この様に読み所満載な若菜上の巻だが、今回はその前半を味わう。巻頭部分の朗読をする。途中省略の部分がある。
朗読①病気がちになった朱雀院は、亡き女御の娘の女三宮を行く末を案じていた。
朱雀院の帝、ありし御幸の後、そのころ例ならずなやみたまふ。もとよりあつしくおはします中に、このたびはもの心細く思しめされて、「年ごろ行ひの本意深きを、后の宮のおはしましつるほどに、よろづ憚りきこえさせたまひて、今まで思しとどこほりつるを、なほその方にもよほすにやあらん、世に久しかるまじき心地なんする」などのたまはせて、さるべき御心まうけどもせさせたまふ。
御子たちは、春宮をおきたてまつりて、女宮たちなむ四ところおはしましける、その中に、藤壺と聞こえしは、先帝の源氏にぞおはしましける。中間省略
その御腹の女三宮をあまたの御中にすぐれてかなしきものに思ひかしづききこえたまふ。そのほど御年十三四ばかりにおはす。今は、と背き棄て、山籠もりしなむ後の世にたちとまりて、誰を頼む蔭にてものしたまはむとすらむ、とただこの御事をうしろめたく思し嘆く。
解説
朱雀院の悩みから書き始められる。
朱雀院の帝、ありし御幸の後、そのころ例ならずなやみたまふ。
朱雀院は藤の裏葉の巻で語られた、六条院への行幸があった頃から、目立って体調が悪化された。
もとよりあつしくおはします中に、このたびはもの心細く思しめされて、
院は元々体が弱く病気がちであったのだが、この度は命の危険まで感じられ、無性に不安になっておられる。
「年ごろ行ひの本意深きを、后の宮のおはしましつるほどに、よろづ憚りきこえさせたまひて、今まで思しとどこほりつるを、
院はここ数年出家して仏道修行に精進したいと強く思っておられた。所が親孝行の院は、母の弘徽殿の大后が元気な内は、親を悲しませたくないので、出家を思い留まっていた。その大后が亡くなった今は、出家を引き留める者はない。
なほその方にもよほすにやあらん、世に久しかるまじき心地なんする」などのたまはせて、さるべき御心まうけどもせさせたまふ。
自分の判断だけで行動できるので、院の出家への意欲は日々に強まっていく。
御子たちは、春宮をおきたてまつりて、女宮たちなむ四ところおはしましける、
院のお子様たちは、東宮を除くと女宮が四人おられる。女一宮から女四宮である。
その中に、藤壺と聞こえしは、先帝の源氏にぞおはしましける。
特に可愛がっておられたのが、藤壺の女御が生んだ姫宮であった。藤壺は先代、桐壷帝の前の天皇の息女として生まれ、源の姓を賜った方である。この後、原文朗読を省略した部分がある。
その御腹の女三宮をあまたの御中にすぐれてかなしきものに思ひかしづききこえたまふ。そのほど御年十三四ばかりにおはす。
その藤壺の女御を母として生まれた女三宮を、院は四人の娘たちの中でもとりわけ慈しみ大切にされている。
今は、と背き棄て、山籠もりしなむ後の世にたちとまりて、誰を頼む蔭にてものしたまはむとすらむ、とただこの御事をうしろめたく思し嘆く。
朱雀院はいよいよ世を捨てる絶好の時期となり、造営していた山寺も完成したので、そこに入るだけになった。所が、自分が山寺に入ったならば、女三宮は誰を頼りにせちがらい俗世間を生きて行けばよいのだろうかと、ひたすらこの女三宮の将来のことを不安に感じて嘆かれる。
なお、途中省略の部分で書かれているのは、次のような内容である。
朱雀院がまだ東宮だった頃に、藤壺の女御が入内した。即位後に中宮にしたかったのだが、後ろ盾となる権力者が身内にいなかったので実行できなかった。その内、朱雀院の母親である弘徽殿の大后が、自分の妹の朧月夜を内侍として入内させたので、藤壺の女御は朧月夜の勢いに押された。朱雀院は藤壺の事を可愛そうに思ったが、母親には背けずどうにも仕方なかった。やがて朱雀院は退位し、藤壺はわが身の不運を嘆きながらこの世を去った。
かなり長い女性の一代記である。先程はこの部分を省略して読んだので意味が通じたが、省略せずに読むと読者の心の中の時間間隔がゆらぐ、不思議な文体である。女三宮の紹介と、その母親の紹介を一つに纏めている。「源氏物語」の文体はこれまでと変わっている。明らかに読みにくくなっている。複雑な人間模様を描く為であろう。なお、女三宮の母親は、光源氏が憧れた藤壺の異母妹である。女三宮は藤壺の姪なのである。
朱雀帝は自分が出家するまでに、女三宮の結婚相手を見付けたく焦っている。有力候補の内、光源氏と柏木についてはどのように評価していたであろうか。この場面を読む。途中省略がある。
朗読② 朱雀院の光源氏と柏木の評価
「かの六条の大殿は、げに、さりともものの心得て、うしろやすき方はこよなかりなむを、方々にあまたものせらるべき人々を知るべきにもあらずかし。とてもかくても人の心からなり。のどかに落ちゐて、おほかたの世の例とも、うしろやすき方は並びなくものせらるる人なり。さらでは、よろしかるべき人、誰ばかりかはあらむ。の右衛門督の下にわぶなるよし、内侍のものせられし、その人ばかりなむ、位などいますこしものめかしきほどになりなば、などかはともよりぬべきを、まだ年いと若くて、むげに軽びたるほどなり。高き心ざし深くて、やもめにて過ぐしつつ、いたくしづまり思ひあがれる気色人には抜けて、才などもこともなく、つひには世のかためとなるべき人なれば、行く末も頼もしけれど、なほまたこのためにと思ひはてむには限りぞあるや」
解説
朱雀院が心の内で色々と考えていることが書かれている。心中語とも呼ばれる。これも第二部の特徴である。
「かの六条の大殿は、げに、さりともものの心得て、うしろやすき方はこよなかりなむを、
朱雀院は女三宮を託すべき婿の候補者たちの長所、短所を考える。まず六条院に住む光る君は、皆が思っている様に確かに女性遍歴が多いとか、年を取っているとかなどの欠点があるが、世間の道理をしっかりと弁えている。女三宮を託す相手として最適な人物である。
方々にあまたものせらるべき人々を知るべきにもあらずかし。とてもかくても人の心からなり。
光る君には紫の上をはじめとして何人も妻がいるが、こちらが気にして遠慮することではないだろう。構うことはない。女三宮が光源氏と結婚して他の女たちとうまくいくかどうかは、女三宮の心一つである。これは「湖月抄」の解釈である。
とてもかくても人の心からなり。
を、「湖月抄」は女三宮の心一つと解釈し、本居宣長も異を唱えていない。但し現代では、女三宮が他の妻たちとうまくやって行けるかどうかは、妻たちを束ねる男・光源氏の心次第であると解釈されている。この文脈では、「湖月抄」の理解で良いと思う。だが結果的には六条院にやってきた女三宮が紫の上を苦しめる。女三宮も苦しむ。複数の妻たちを束ねる光源氏の力量不足が原因である。その事を光源氏も朱雀院も、「源氏物語」を深く読みこんできた北村季吟も本居宣長も理解していないだろう。更に問題の深刻さがある。
のどかに落ちゐて、おほかたの世の例とも、うしろやすき方は並びなくものせらるる人なり。さらでは、よろしかるべき人、誰ばかりかはあらむ。
朱雀院の心の中の考えである。光る君はどっしりと落ち着いているし、世間からも立派な人間の手本として尊敬されているから、女三宮を安心して任せるには最高の人物だと言えよう。光る君以上の適任者がいるとは思えない。
右衛門督の下にわぶなるよし、内侍のものせられし、その人ばかりなむ、位などいますこしものめかしきほどになりなば、などかはともよりぬべきを、まだ年いと若くて、むげに軽びたるほどなり。
朱雀院は柏木の長所と短所を考える。右衛門督 柏木の事。柏木がこの女三宮の婿探しの件で気をもんでいることを朧月夜が教えてくれた。柏木の母は朧月夜の姉である。光源氏以外の男たちの中では、この柏木だけはもう少し位が高く、世間的にも評価が高ければ、女三宮の結婚相手として文句はないだろうと思える。だが残念なことにまだ年が若く、身分的にも高みが足りない。
高き心ざし深くて、やもめにて過ぐしつつ、いたくしづまり思ひあがれる気色人には抜けて、才などもこともなく、つひには世のかためとなるべき人なれば、行く末も頼もしけれど、なほまたこのためにと思ひはてむには限りぞあるや」
それなのに柏木は高貴な女性を妻に迎えたいという強い希望を持ち、幾らもある縁談に見向きもしないで、未だに独身を貫いている。柏木が自分に自信を持ち気概を持っている生き方は、他の同世代の男たちよりも抜きんでている。学才も抜きんでていて、やがては国家の柱石になるのは間違いない。将来は有望だけど、女三宮の婿としては完璧ではない。
光源氏が40歳を間近に控え、何人もの妻がいる。柏木は若いが独身で地位が低い。
どちらを取るか朱雀院は悩んだが、光源氏に決めた。朱雀院と光源氏は直接に対面し、率直に話し合う。その結果、女三宮は光源氏に託されることになった。天皇の娘が臣下と結婚するのを降嫁という。女三宮は六条院に降嫁することになった。新春となり、光源氏は40歳となった。玉蔓が祝ってくれた。この場で詠まれた和歌の中に若菜という言葉が見られる。
その直後の二月に、いよいよ女三宮が六条院に輿入れした。寝殿の放出を住いとする。寝殿から張り出して作られた部屋である。紫の上は寝殿の東側の対に住み、このため対の上と呼ばれる。紫の上は努めて平静を装っている。
婚姻から三日目の夜、女三宮の部屋に向かう光源氏を紫の上が送り出す場面がある。
朗読③
「今宵ばかりはことわりとゆるしたまひてんな。これより後のとだえあらんこそ、身ながらも心づきなかるべけれ。またさりとて、科の院に聞こしめさむことよ」と思ひみだれたまへる御心の中苦しげなり。すこしほほ笑みて、「みづからの御心ながらだに、え定めたまふまじかなるを、ましてことわりも何も、いづこにとまるべきにか」と、言ふかひなげにとりなしたまへば、恥ずかしうさへおぼえたまひて、頬杖をつきたまひて寄り臥したまへれば、硯を引き寄せて、
目に近く 移ればかはる 世の中を 行く末とほく たのみけるかな
古言など書きまぜたまふを、取りて見たまひて、はかなき言なれど、げに、とことわりにて、
命こそ 絶ゆとも絶えめ さだめなき 世のつねならぬ なかの契りを
とみにもえ渡りたまはぬを、「いとかたはらいたきわざかな」とそそのかしきこへたまへば、なよよかにをかしきほどにえならず匂ひて渡りたまふを、見出だしたまふもいとだにはあらずかし。
解説
読んでいる読者の心も苦しくなってくる。「源氏物語」が人間の心動きをありのままに写し出しているからであろう。
「今宵ばかりはことわりとゆるしたまひてんな。これより後のとだえあらんこそ、身ながらも心づきなかるべけれ。またさりとて、科の院に聞こしめさむことよ」と思ひみだれたまへる御心の中苦しげなり。
これから女三宮の部屋に向かおうとする光源氏は、後に残る紫の上のさみし気な様子を思うと、後ろ髪を引かれる思いで辛くなる。今夜は結婚し三日目でとても大切な夜なので、どうしてもあちらへ行かなければならないのである。
「今夜だけは許してもらえませんか。明日以降あちらで泊り、あなたに悲しい思いをさせるならば、自分の身の愛想もつきることだろう。けれどもずっとあなたと一緒にいれば、女三宮を私に委ねられた朱雀院がお聞きになってどう思われるであろうか と思い悩んでいる。その心の中がいかにも苦しそうである。
すこしほほ笑みて、「みづからの御心ながらだに、え定めたまふまじかなるを、ましてことわりも何も、いづこにとまるべきにか」と、すこしほほ笑みて、「みづからの御心ながらだに、え定めたまふまじかなるを、ましてことわりも何も、いづこにとまるべきにか」と、言ふかひなげにとりなしたまへば、
この時、紫の上が浮かべた微笑みは悲しい作り笑いであった。湖月抄は次の様に解釈している。
紫の上は複雑な笑いを浮かべながら、今夜を最後にあちらへは行かない。明日からは私と一緒にいてくれるなどと言われても信じられない。朱雀院の心境を考えたりして自分の心さえ決めかねているのに、道理も何も、どちらに泊りになるやら分ったものではない。と、光る君の言葉が信じられないと言わんばかりに相手にしない。
本居宣長は 言ふかひなげにとりなしたまへば、 について紫の上の心を思いやっている。光源氏は紫の上への愛情を熱心に説き聞かせたのだがその甲斐もなく、紫の上は信じなかったと読むのである。光源氏の熱弁が肩透かしされたと言う解釈である。紫の上の悲しみに深く同情している。
恥ずかしうさへおぼえたまひて、頬杖をつきたまひて寄り臥したまへれば、
光る君は自分の心をはっきりと決められないことを恥ずかしいとまで思う。自分は今夜何処で過ごせば良いのかと頬杖をついて悩んでいる。
硯を引き寄せて、
悩んでいる光源氏を横目に、紫の上は歌を書き記した。
目に近く 移ればかはる 世の中を 行く末とほく たのみけるかな
あっという間に変わってしまう定めのなさが男と女の関係であることを、私はもっと早く気付くべきであった。あなたの私への愛が、永遠に変わらないと信じ込みあてにしていた。頼み甲斐のないあなたの愛でした。
古言など書きまぜたまふを、取りて見たまひて、はかなき言なれど、げに、とことわりにて、
古言 はここでは、古い和歌ということである。紫の上は自分の歌の後に、移り気な男心を嘆く女が詠んだ古い歌を、思いつくままに何首か書き記した。それを手に取って読んだ光る君は、紫の上が本気で思い詰めているようではないのでほっとする一方で、成る程紫の上が嘆くのも尤もだと納得した。
光る君は返事の歌を詠んだ。
命こそ 絶ゆとも絶えめ さだめなき 世のつねならぬ なかの契りを
確かに世の中は定めなく薄情なので、人間の命は必ず失われる。けれども私とあなたの愛は永遠です。たとえこの私の命が尽きたとしても、来世でお会いする縁なのです。
とみにもえ渡りたまはぬを、「いとかたはらいたきわざかな」とそそのかしきこへたまへば、
光る君は直ぐに女三宮の部屋には向かわない。紫の上は、どうしてあちらへ行かないのですか。見ていて気の毒です。あちらへ行く様に促す。
なよよかにをかしきほどにえならず匂ひて渡りたまふを、見出だしたまふもいとだにはあらずかし。
光る君は決心して美しい衣装を着こなして、良い匂いを焚きしめて女三宮の部屋に向かう。それを紫の上が見送るが、心の中さぞかし平静では無かったであろう。紫の上の心はどんなにか悲しく、空しかった事であろうか。
紫の上は自分に仕える女房達が、今の自分をどう思っているかが気になる。光源氏の帰りを待つ紫の上の心を読む。
朗読④
あまり久しき宵居も例ならず、人や咎めむ、と心の鬼に思して入りたまひぬれば、御衾まゐりぬれど、げにかたはらさびしき夜な夜な経にけるも、なほただならぬ心地すれど、かの須磨の御別れのをりなどを思し出づれば、今はとかけ離れたまひても、ただ同じ世の中に聞きたてまつらましかばと、わが身までのことはうちおき、あたらしく悲しかりしありさまぞかし、さてその紛れに、我も人も命他経ずなりなましかば、言ふかひあらまし世かは、と思しなほす。風うち吹きたる夜のけはひ冷やかにて、ふと寝入られたまはぬを、近くさぶらふ人々あやしとや聞かむと、うちも身じろきたまはぬも、なほいと苦しげなり。夜深き鶏の声の聞こえたるもものあはれなり。
わざとつらしとにはあらねど、かやうに思ひ乱れたまふけにや、かの御夢に見えたまひければ、うちおどろきたまひて、いかにと心騒がしたまふに、鶏の音待ち出でたまへれば、夜深きも知らず顔に急ぎ出でたまふ。
解説
紫の上の絶望感が伝わってくる。
あまり久しき宵居も例ならず、
一人ぽっちの紫の上は夜が更けてもなかなか寝付けない。こんなに遅い時間まで起きていることは無かった。
人や咎めむ、と心の鬼に思して入りたまひぬれば、御衾まゐりぬれど
心の鬼 は、気が咎めることである。紫の上の様子がおかしいと、女房達に気付かれると、その原因が女三宮への嫉妬だと思われるのが気になるので、眠たくないのに寝所に入る。女房は紫の上に夜具を掛けるが、眠ることは出来ない。
げにかたはらさびしき夜な夜な経にけるも、なほただならぬ心地すれど、
女房達が何かと心配する程に、光る君は女三宮を訪れ紫の上の独り寝が続いている。どんなに平静を装っていても、心の中は激しく乱れている。
かの須磨の御別れのをりなどを思し出づれば、今はとかけ離れたまひても、ただ同じ世の中に聞きたてまつらましかばと、わが身までのことはうちおき、あたらしく悲しかりしありさまぞかし、さてその紛れに、我も人も命他経ずなりなましかば、言ふかひあらまし世かは、と思しなほす。
紫の上は須磨、明石の頃の淋しさを思い出す。独り寝の淋しさに耐えていると、今から15年前の独り寝が思い出される。あの時はこれでお別れですと言って、光る君は遠くへ去った。都と須磨は遠く隔たってはいるが、同じ世界の事ではある須磨で暮らして居ると思えば、悲しみにも耐えられると思ったものだった。
いかにかと 思う心のある時は わが身をおきて 人ぞ悲しき
という歌のように、都に留まっている私の悲しみよりも、光の君ほどの方が都を追われるように去ったことが、勿体ないことだし悲しい事だとおもった。それから3年目に都に戻られたが、もしあの時に生き別れの悲しみのあまりに、私の命が絶えていたらとどうだっただろうか。再会できた後の沢山の喜ばしい出来事を体験できなかっただろうから、生きていてよかったのだと思い直しては、今の独り寝の淋しさに耐えようとする。
風うち吹きたる夜のけはひ冷やかにて、ふと寝入られたまはぬを、近くさぶらふ人々あやしとや聞かむと、うちも身じろきたまはぬも、なほいと苦しげなり。夜深き鶏の声の聞こえたるもものあはれなり。
今は2月なので夜寒が厳しい。外で風が吹いているので、夜の空気は部屋の中にいても寒々と感じられる。紫の上は全く眠っていない。近くに控えている女房達が、おやまだ眠っておられないのは変だと聞きつけるだろうと思うので、一度も寝返りを打つ音もたてず、身を固くして我慢している。その姿はとても苦しそうに見えた。一睡もできないうちに朝が近くなり、まだ暗い内に鳴く鶏の声が聞こえてくるのを、悲しく感じている。最後のものあはれなり。は、語り手の視点であろう。
わざとつらしとにはあらねど、かやうに思ひ乱れたまふけにや、かの御夢に見えたまひければ、うちおどろきたまひて、いかにと心騒がしたまふに、鶏の音待ち出でたまへれば、夜深きも知らず顔に急ぎ出でたまふ。
古文の つらし は、恨めしいという意味である。ここで語り手から読者に申し上げる。紫の上は光る君を、許せない程に恨めしいとは思っていない。けれども深く思い詰めていたからだろうか、女三宮の部屋で微睡んでいた光る君の夢の中に現れたのである。光る君はびっくりして目を覚ました。紫の上に何があったのだろうか。早く戻って顔を見て安心したいし又紫の上を安心させたいと思うと、心が波立ってとても平静ではいられない。早く世が明けて鶏が鳴いて欲しいと思っている内に、鶏の鳴き声が聞こえてきた。まだ夜が深いのだが、鶏が鳴いたから朝だという事にして、大急ぎで紫の上の部屋に戻ろうとする。それにしても紫の上が眠れないでやっと鶏の声を聞きつけたのと同じ鶏の声を、光る君も紫の上の事を思い続けながら聞いたというのは素晴らしいことである。二人の心は通い合っているのであろう。この後、少し省略する。
光源氏は慌てて女三宮の部屋から戻ってくるが、紫の上の淋しさに同情する女房達は、わざと光源氏を部屋の中に入れず、部屋の外で寒い中待たされる。やっと紫の上の部屋に入れて貰った場面を読む。
朗読⑤
「こよなく久しかりつるに、身も冷えにけるは、怖ぢきこゆる心のおろかならぬにこそあめれ。さるは、罪もなしや」とて、
御衣ひきやりなどしたまふに、すこし濡れたる御単衣の袖をひき隠して、うらもなくなつかしきものから、うちとけてはたあらぬ御用意など、いと恥づかしげにをかし。限りなき人と聞こゆれど、難かめる世をと思しくらべる
解説
ここは「湖月抄」を参考にして現代語訳する。
冷たい廊下からやっと部屋の中に入れて貰った光る君は、紫の上の悲しみも女房達の反発も理解できるので、弁解の言葉を口にする。いやはや女房達が長いこと起きてこず、廊下の向こう側に立ちんぼさせられていた。体もすっかり冷え切ってしまった。女房達も眠りこんでいる暗い内にここに戻ってきたのは、あなたのご機嫌を損ねるのを心から恐れているからである。ここまであなたの事を思っている私ですから、昨夜女三宮の部屋に泊った私には、何の罪もありませんなどと言いながら、紫の上の体の上に掛っている夜具を引き退けなさる。紫の上は涙で少し湿っている単衣の袖を、光る君に分からぬようにそっと隠す。取り立てて、光る君を恨んでいるような素振りも見せずにおっとりとしている。かといって全てを許しているという雰囲気でもなくその見事な振舞い方は、光る君から見ても理想的で素晴らしい。光る君はさっきまで会っていた女三宮は、父が天皇で母が前の天皇の皇女という最高の血筋の女君である。それなのに、この紫の上の素晴らしさには全く敵わない。紫の上の様な女性がこの世に存在するのは、滅多にない奇跡なのだとついつい女三宮の期待外れの有様と比較してしまう。
光源氏は紫の上が亡くなった後で、彼女の袖が涙で濡れていたこの場面を思い出しては、申し訳なさに涙にくれることになる。
「コメント」
一夫多妻の時代で、女三宮の降嫁は朱雀院の希望でもあれば仕方ない事ではある。でも当時もそのことは同情の対象であったのだ。