240427④「(はは)(きぎ)の巻 」

今回と次回で、帚木の巻を読む。今回は冒頭部分と雨夜の品定めである。「湖月抄」は本文に入る前に、巻名と由来を説明している。歌をもて 巻の名とす この巻は和歌の言葉を抜き出してつけられた。

朗読①

  帚木の 心の知らで 園原(そのはら)の道にあれなく 惑ひぬるかな

  数ならぬ 伏屋(ふしや)に生うる名の憂さに あるにもあらず 消ゆる帚木

解説

最初が光源氏の歌。次が空蝉の歌。どちらの歌にも帚木という言葉が使われている。美濃の国と信濃の国の境に生えている帚木は、遠くから見れば(ほうき)()を立てた様に見えるが、近くから見ればそれらしい木はどこにも見えないと「湖月抄」は説明している。そこから「湖月抄」は「源氏物語」の創作手法を説明する。「源氏物語」全編は虚構の様に見えて、実際に起きた出来事、真実を面影にして描かれている。かといって全編が真実であるかと思えば、虚構も入り混じっている。このような「源氏物語」の二面性を象徴するのが、帚木という不思議な木であるというのである。

またこの帚木の巻は「源氏物語」の実質的な始まりだとされる。「湖月抄」の年立では、光源氏は16才である。

本居宣長は、帚木の巻が「源氏物語」全体の序に当たるという見解に賛成する。所が源氏の君17才の夏のことと述べ、年齢を1才引き上げている。光源氏の年齢が明記してあるのは、桐壺の巻と次は33番目の (ふじの)(うら)() 巻である。その時39才。ここから引き算して夫々の年齢を決めて行く。その際に玉蔓の巻で計算を間違えやすいのである。現代では本居宣長説が採用されている。

 

今回は雨夜の品定めの重要な場面を読む。「源氏物語」が批評文学であることを示す重要な部分である。

帚木の巻 の冒頭では、光源氏の個性が披露されています。

朗読② 冒頭部分

光源氏は、名のみことごとしう。言ひ()たれたまふ(とが)多かるなるに、いとど、かかるすき事どもを末の世にも聞きつたへて軽びたる名をや流さむと、忍びたまひける(かく)ろへごとをさへ語りつたへけん人のもの言ひさがなさよ。さるは、いといたく世を憚りまめだちたまひけるほど、なよびかにをかしきことはなくて、交野の少将には、笑はれたまひけむかし。

 解説

「湖月抄」はこの部分を草子地(ぞうしじ)つまり語り手の読者に向けてのナレーションだと考えている。但し本居宣長は、草子地ではないと主張する。現在では草子地として解釈されているし、私もそう思う。

光源氏は、名のみことごとしう。

それにしても光源氏だなんて名前だけは、大層ご立派ですね。桐壺の巻の最後には、光る君と言ふ名は、高麗人のめできこえてつけたてまつりけるとぞ言ひ伝へたるとなむ。てある。それを受けているのである。

言ひ()たれたまふ(とが)多かるなるに

言ひ()つ は、悪くいう事。(とが) は、欠点や短所である。「湖月抄」は、この (とが) について、世の中で名声を博している人は、えてして上げ足を取られがちであると解釈する。それに対して本居宣長はあくまで、光源氏個人の好色、過度な恋愛への批判であると捉える。ここはその両方ではないだろうか。世の中では立派な人や褒められている人の、欠点を見付けては批判することが好まれるようである。

立派な名前を持った光源氏さんにも、沢山の揚げ足取りがなされている。

いとど、かかるすき事どもを末の世にも聞きつたへて、軽びたる名をや流さむと、忍びたまひける(かく)ろへごとをさへ語りつたへけん人のもの言ひさがなさよ。

語り手が自分で自分の悪口を言っている。訳す。

これからこの「源氏物語」の巻き巻きで書かれるのは、表向きは立派でも裏側は欠点があるという光源氏の恋愛のしくじりなのである。本人が誰にも知られずに、このまま闇に葬ってしまいたいと、必死に隠している恋愛沙汰を探し当てて、本人が亡くなった後まで、世間に広めようとして語り伝えている人、それは他ならぬ私自身なのだが、何と人間性と口の悪いことでしょう

語り手はここから方向転換して、光源氏の色好みを擁護する。

さるは、いといたく世を憚りまめだちたまひけるほど、なよびかにをかしきことはなくて、交野の少将には、笑はれたまひけむかし。

いや、光源氏はそれほど不真面目な人ではないと持ち上げる。「湖月抄」は光源氏を在原業平とも比較している。訳す。

けれども光る君は好色な人間の見本として知られる、在原業平とは違ったタイプの色好みであった。業平は心の中では真実の愛に命を燃やしたが、自分が色好みであることを隠そうとはしなかった。光る君は心の中の色好みを覆い隠して、表向きはさも立派な聖人君子の様に振る舞っていた。この二面性を知らない世間の人に目には、光る君が風流で面白い振舞いをする人とは気付かれなかった。もし光源氏の欺瞞的な生き方が、在原業平だけではなく、在原業平と並び称された色好みである交野(かたの)の少将に見られたら、好き者の風上にも置けない男だと失笑された事であろう。因みに交野の少将も光る君もどちらも虚構の人物だから、彼らが互いを意識することはあり得ないのだが。

 

このナレーションの後、いよいよ物語の中身が始まる。五月雨の夜であった。光源氏が宮中での滞在所である桐壺にいると、(とう)の中将がやってきて恋愛談議が始まる。頭の中将は議論の始まりとなる話題を提供する。頭の中将は人間の身分を上・中・下の三つの品・ランクに分けた場合に、個性的で交際して面白い女性は中の品に多いという。

朗読③上中下それぞれの階級の女の事を、頭の中将は語る

とる方なく口惜しき際と、優なりとおぼゆばかりすぐれたるとは、数ひとしくこそはべらめ。人の品高く生まれぬれば、人にもてかしづかれて隠るること多く、自然(じねん)にそのけはひこよなかるべし。中の品になむ、人の心々おのがじしの立てたるおもむきも見えて、分るべきことかたがた多かるべき。下のきざみといふ際になれば、ことに耳立たずかし。

 解説

頭の中将は光源氏に自分の恋愛体験に基づく、女性像を披露している。女性の身分を上中下の三つの品・ランクに分け自分の体験を語る。

とる方なく口惜しき(きわ)と、優なりとおぼゆばかりすぐれたるとは、数ひとしくこそはべらめ

これは身分というより、心の持ち方である。数ひとしく とは、どちらも殆どいないという意味である。

世の中には沢山の女がいるが、全く取り柄が無くどうしてこんななのだろうと残念に思う女と、申し分なく素晴らしいと感心する女とはどちらもめったにお目に掛れない。

人の品高く生まれぬれば、人にもてかしづかれて隠るること多く、自然(じねん)にそのけはひこよなかるべし。

ここからは身分の話になる。上の品、上流階級に生まれた女は、周りから大切にされ守られている。例え欠点があったとしても、それが世間に知られることなく自然と、とても優れた雰囲気であるという評価がなされる。

中の品になむ、人の心々おのがじしの立てたるおもむきも見えて、分るべきことかたがた多かるべき。

分る は他と区別できるという事である。人間性のはっきりとわかる中の品、中流階級の女性達は、各人の個性や教養が隠しようもなくはっきりと見て取れるから、優れた点も劣った点も明白に区別できるのである。

下のきざみといふ際になれば、ことに耳立たずかし。

下の品に生まれた女は、頭の中将の関心を引くことはない。「源氏物語」では女の心の上中下と、女の身分の上中下が区別されずに、議論されている印象がある。「湖月抄」は上の品、中の品、下の品を女の身分のことと理解している。それに対して本居宣長は身分の上中下よりも、女の心向け、気質の上中下の違いに着目する。中の品の女に限定して、女たちの心の持ち方の上中下の差異を論じたのが 雨夜の品定め であると理解している。

どちらが正しいかという問題ではなく、「源氏物語」の議論自体が身分の品と、心の品とを区別していない。

 

光源氏と頭の中将の議論が盛り上がってきた所に、世の好き者、今を代表する色好みという評判の()馬頭(まのかみ)と藤式部(じょう)の二人がやってきた。ここからは四人での議論になる。これが 雨夜(あまよ)の品定め である。光源氏は聞き役に回る。議論を取り仕切る左馬頭は、天下の政策と家の中の経営とを重ね合せて自説を展開する。

朗読④ 雨夜の品定め

さまざまの人の上どもを語りあはせつつ、「おほかたの世につけてみるには(とが)なきも、わがものとうち頼むべきを()らむに、多かるなかにもえなむ思ひ定むまじかりける。男の朝廷(おほやけ)に仕うまつり、はかばかしき世のかためとなるべきも、まことの器ものとなるべきをとり出さむにはかたかるべし。されど、かしこしとても、一人二人世の中をまつりごちしるべきならねば、上は下に(たす)けられ、下は上に靡きて、事ひろきにゆつろふらむ

 解説

左馬頭は様々な人の立場を比較しながら語り続ける。光源氏と頭の中将という最高の聞き手を得て、左馬頭は気分が高揚している。
さまざまの人の上どもを語りあはせつつ、

左馬頭は様々な人の立場を比較しながらついて、語り続ける。

「おほかたの世につけてみるには(とが)なきも、わがものとうち頼むべきを()らむに、多かるなかにもえなむ思ひ定むまじかりける。

まづは一般論から申しましょう。世間には多くの夫婦がある。その中には他人の妻として見た場合には、これといった欠点はないと見える女が沢山いる。けれども自分が生涯の妻とすべき女を見付けたいと思う場合は、世の中に女たちが山ほどいても、見つけ出すことは至難の業である。なお「湖月抄」は光源氏や頭の中将でさえも、理想の妻を見付けるのは難しいと述べている。光源氏は妻の紫の上とうまくいってないし、頭の中将の妻はあの弘徽殿(こきでん)の女房の妹である。但し本居宣長は、光源氏と頭の中将の妻のことは、持ち出す必要はないと、「湖月抄」の読み方に反対している。

男の朝廷(おほやけ)に仕うまつり、はかばかしき世のかためとなるべきも、まことの器ものとなるべきをとり出さむにはかたかるべし

政治の世界でも同じことが言える。理想の妻が滅多にいないように、朝廷で政治に携わる大勢の男たちの中で、この人こそ摂政や関白として国家の柱石となるべき賢人は滅多にいない。左馬頭は女性論よりも政治論に意欲を感じているようである。

されど、かしこしとても、一人二人世の中をまつりごちしるべきならねば、上は下に(たす)けられ、下は上に靡きて、事ひろきにゆつろふらむ。

仮に摂政や関白となるべき器量を持った人物がいたとしても、政治というものは賢人の一人や二人だけでは行えない。上に立つ大臣は下に官僚たちに助けられ、下にいる官僚は上にいる大臣を信頼し、上と下とが互いに信頼しあって、世の中の政を運営しているのである。

 

ここまで語って左馬頭は再び女性論に転じる。

朗読⑤ 左馬頭の女性論

狭き家の内のあるじとすべき人一人を思ひめぐらすに、足らはであしかるべき大事どもなむかたがた多かる。とあればかかり、あふさきるさにて、なのめにさてもあのぬべき人の少なきを、すきずきしき心のすさびにて人のありさまをあまた見合はせむの好みならねど、ひとへに思ひ定むべきよるべとすばかりに、同じくは、わが力入りをし直しひきつくろふべきところなく、心にかなふやうにもやと()りそめつる人の定まりがたきなるべし

かならずしもわが思ふにかなはねど、見そめつる契ばかりを棄てがたく思ひとまる人はものまめやかなりと見え、さてたもたるる女のためも、心にくく()しはかるるなり。

 解説

ここは「湖月抄」の解釈をベースに現代語訳で、左馬頭の言わんとすることを確認する。

一家の女主として家庭の中を切り盛りする場合にはどうであろうか。天下の政道が広範囲に及んでいるのと比べると、狭い家の中での仕事であるので、政治の世界で大臣を助ける官僚などいない。女主一人ですべてを切り盛りしなければならない上に、これが出来ないと困るという事が沢山ある。「古今和歌集」に次の歌がある。

  そゑにとて とすればかかり かくすれば あな言ひ知らず あふさきるさに

こっちが良いと思えば、あっちが良くない。あっちが良いと思えばこっちが良くない。何ともちぐはぐでどうしようもない という意味の歌である。人間も長所と短所の両方があるので、家事の全てに優れた女性などいないのである。だから多少の難点には目をつぶって我慢するしかない。世の中には身を固めず、妻を持たない男たちもいる。彼等は色好みでもなく、様々なタイプの女と戯れたいわけでもない。多くの女を知ることで、自分の生涯の伴侶を見付けたいとまでは思っていないだろうが、どうせ結婚するのであれば、夫である自分が助言や手助けをして何とか家事をこなせるのではなく、自分で家事をこなせる女を選びたいと思っているのだろう。結局それが見つからずに、妻を持たない状態が長く続いているのであろう。老婆心ながら光る君は妻である紫の上にご不満があるようであるが良くありません。必ずしも期待した通りの妻でなかったとしても、その女と自分と結ばれた運命を大切にして、その女を妻として長く一緒に暮らして居る場合には、その男は誠実な人だと世間から

評価されるし、一方その男の妻として暮らしている女も、世間からは難点が無く無難な妻なのであろうと高く評価されるものである。

 

左馬頭はここから一般的な女性論から、比喩を用いた議論に切り替える。これは法華経の説法で用いられる三周(さんしゅう)の説法に則ったものである。お釈迦様は仏法の声聞には、最初には仏法を説き、次は比喩を用いて説き、最後には因縁を挙げて説くという三つの論じ方を採用した

左馬頭は三周の説法の二つ目に歩を進めたのである。

朗読⑥
馬頭(うまのかみ)物定めの博士になりて、ひひらきゐたり、中将はこのことわり聞きはてむと、心に入れてあへしらひゐたまへり。「よろづのことによそへて思せ、木の道の匠のよろづの物を心にまかせて作り出だすも、臨時のもとあそび物の、その物と跡も定まらぬは、そばつきさればみたるも、げにかうもしつべかりけりと、時に付けつつさまを変へて、いまめかしきに目移りて、をかしきもあり。大事として、まことにうるはしき人の調度の、飾りとする定まれるようある物を難なくし出づることなむ、なほまことの物の上手はさまことに見え分かれはべる。

 解説

「湖月抄」に導かれて行間を読む。

馬頭(うまのかみ)物定めの博士になりて、ひひらきゐたり

ひひらく 鳥が羽を振って得意げな様子だと「湖月抄」は説明している。本居宣長は大口を叩くという意味だと言っている。馬頭(うまのかみ) 真義を説き明かす第一人者、さらにはお釈迦様になっているかのように高揚し、鳥が自慢げに羽を広げるかのように肩を揺らしている

中将はこのことわり聞きはてむと、心に入れてあへしらひゐたまへり。

頭の中将は、左馬頭の話術に引き込まれ、それから議論がどういう風に展開するのか最後まで聞こうと、時々うなずいたりして熱心に聞きほれている。ここからが左馬頭の発言である。

よろづのことによそへて思せ、木の道の匠のよろづの物を心にまかせて作り出だすも、

これまで女の上中下の品について一般論を語ってきたが、ここからは例え話で説明する。まず細工職人に例えて話す。彼らは自由自在に様々な細工を作り上げる。それを見ていると

最高の職人と、それほどでもない職人の違いが分かってくる。

臨時のもとあそび物の、その物と跡も定まらぬは、そばつきさればみたるも、げにかうもしつべかりけりと、時に付けつつさまを変へて、いまめかしきに目移りて、をかしきもあり。

「湖月抄」は さればみ を形を変形などして風流ぶっていることだと理解している。本居宣長は、洒落た現代風に言えばこ洒落たというニュアンスだという。これは本居宣長説に分がありそうである。一時的にしか使用しない調度品を気取った形で湾曲させたり、いわくありげに変形させていることがある。そういう作り方をしているもの使うと成程よく出来ていると、洒落た形なのでその時々の感興が湧いて来て感心したりする。

大事として、まことにうるはしき人の調度の、飾りとする定まれるようある物を難なくし出づることなむ、なほまことの物の上手はさまことに見え分かれはべる。

所が、一生使い続けるであろう大切な調度品で、昔から定まった作り方のあるものを、欠点もなく作り上げるのが本物の名人である。その見事さは一時的な流行に合わせて、規格を外して作られた物と比較すると格段の違いがある。

 

左馬頭の言葉には説得力がある。この後も左馬頭は熱弁をふるう。ダイジェストして紹介する。

次に宮中の絵所による絵師に例えて話す。絵所には優れた腕の絵師たちが沢山いる。一寸見ても彼らの腕前の優劣は分かりかねる。けれども彼らが何を描いているかに注目すると、力量の差が一目瞭然となる。

誰も見たことの無い蓬莱の山や、外国にしか住んでいない猛獣や、人間の目に見えない鬼の顔などの様に見た人を驚かす素材を絵に書く場合は、いかにも恐ろしく自由に描けば、見た人は感心してしまう。所が私達が普段から目にしている物、例えば山々の姿や水の流れ、これまた私たちの生活空間に存在している家々の住まい等、成程本当に存在しているようだと思わせ、心が安らぐ景物をなだらかな筆致で描き上げるのは至難の業である。

女も当たり前のこと当然すべきことを難なくして見せる方が、気を(てら)ったことを好んでするよりも格段に優れている。そういう女こそ妻に選ぶべきなのである。

 

本居宣長の弟子に鈴木 (あきら)という人物がいる。彼は「源氏物語玉の小櫛補遺」という本の中で、この箇所は紫式部の創作手法の素晴らしさを図らずも明らかにしていると述べている。例えば「竹取物語」には、月の世界の住人が登場する。「宇津保物語」には波斯(はし)(こく)ペルシャに遭難する話がある。また動物や植物が言葉を話したり、魑魅(ちみ)魍魎(もうりょう)跋扈(ばっこ)する物語もある。

けれども「源氏物語」にはそのような荒唐無稽な点はない。世の中に普通に

存在することだけが取り上げられている。それでいてこれまで読者を感嘆させるのは、紫式部が真の上手だからである。

この鈴木 (あきら)の指摘は、「源氏物語」の本質を鋭く言い当てている。

 

左馬頭は更に説明を続ける。例え話が終わると、三周の説法の三番目の、過去からの因縁で真理を説く段階に切り替わる。

朗読⑥ 左馬頭は字を書くことを例に挙げて、見せかけが当てにならないことを話す。

手を書きたるにも、深きことはなくて、ここかしこの、点長に走り書き、そこはかとなく気色ばめるは、うち見るにかどかどしく気色だちたれど、なほ真の筋をこまやかに書き得たるは、うはべの筆消えて見ゆれど、いま一たびとり並べて見れば、なほ実になむよりける。はかなきことだにかくこそはべれ。まして人の心の、時にあたりて気色ばめらむ見る目の情けをば、え頼むまじくおもうたまへてはべる。そのはじめのこと、すきずきしくとも申しはべらむ」とて近くゐ寄れば、君も目覚ましたまふ。中将、いみじく信じて、頬杖をつきて向かひゐたまへり。(のり)の師の、世のことわり説き聞かせむ所の心地するも、かつはをかしけれど、かかるついでは、おのおの睦言もえ忍びとどめずありける。

 解説

この場面を「湖月抄」の解釈と鑑賞を含めて訳す。具体例をもう一つあげる。筆跡についてである。書道の真髄に達していなくとも、あちこちに打つ点を普通よりも長く伸ばしたり、勢いよく走り書きされている文字は、一寸見には、書いた人の才気を感じさせ素晴らしく見える。けれども書道の真髄に達している人の筆には到底及ばない。書の正しい筆法に通暁した人の丹念に書かれた文字は、表面的な華やかさには欠けるかも知れない。

けれども才気走った書き方をしたものと比較すると、その優劣は一目瞭然である。表面的な見た目よりも、
真実の筆法に従う方が格段に優れている。細工職人、絵師、書道の三つの例えから、共通して導き出される結論は何だろう。人間性も又見た目の華やかさではなく、実直さが大切であるという事である。いかにも現代最先端の流行を身に着け、何かにつけて風流ぶりを誇示している女の、上辺(うわべ)ばかりの素晴らしさに目を奪われて、そういう女を生涯の伴侶として、選ぶことは絶対にしてはならないと私は思う。

更に言えば歌の道も同じである。珍しい言葉をちりばめ技巧を凝らした歌は、人の目を引き付けるが、真の歌の道を極めた歌人の一見平凡に見える歌と並べてみると、優劣は明らかである。

そして(まつりごと)の道についても同じことが言える。光る君や頭の中将様はまだお若いが、いつかは国家の柱石となってこの国を支えるべきお方である。信じるに足る部下の心の優劣を見分ける目を持たねばならない。

その一助となるようにと願って、女を見る目の大切さをこのように説いているのである。これまで一般論と例え話をしてきましたが、これからはいよいよ三周の説法の三番目である具体的な因縁を説く段階に入る。

私自身がまだ若く世の中のことも、女の優劣を見抜く目も持ち合わせていなかった頃の、恋愛のしくじりについて何ともばかばかしくて、また自分が如何にも恋愛のことばかりにうつつを抜かしていたようで気が引けるが率直にお話ししましょう。

 

ここまで話した左馬頭は膝を前に進め、光る君と頭の中将の方に近づいた。一般論を聞いていた時には退屈で、寝た振りをしていた光る君も他人の恋愛話を聞けるとあって、完全に目を覚ました。

頭の中将はもう完全に左馬頭の話術に夢中になっていて、その言葉に納得し左馬頭と向かい合っている。彼らの姿を部外者である私の様な語り手の目から見ると、法師が世界の真理である仏法を若い聴衆に説き聞かせている姿の様に見える。

けれどもその場で真剣に話されているのは、人間の生死にかかわる重大事ではなくて、男の目から見た女の優劣という、どうでもいい話題なのである。私などはともすればおかしくて、笑ってしまいそうになります。こういう男同士で話に熱中している場合には、どうしてこんなプライベートなことまで、赤裸々に口にするのだろうと思われる。秘密の情事まで話したい聞かせたいという欲求を、抑えきれなくなるもののようである。

 

「湖月抄」は 雨夜の品定め を、女性論や恋愛論としてではなく、天下国家の政の理想を述べたものだと理解していた。無論、本居宣長は反対する。中国の儒教などの政治論を持ち出してくるのは良くない。ここは恋愛論として読めば良いと主張する。「源氏物語」を政道書として読むか、恋愛書として読むかの対立である。

この後、左馬頭は自分の過去の恋愛の中から、嫉妬深い女に指を噛まれた話や、浮気性の女と交際していた話をする。頭の中将は自分の前から、突然に姿を消した常夏の女の話をする。夕顔のことである。

藤式部丞は学者の娘がニンニクを食べた話をして笑いを取る。物語の俳諧という。ユーモラスな場面である。

笑いの中で、雨夜の品定めは終わった。

 

「コメント」

 

四人の男たちが雨の夜に、暇に任せて女の体験談を語り合っている場面を、草子地 ナレーションで描写していると考えると理解しやすいか。光源氏は聞き役のようだけど。しかしこんな話を良く作者 紫式部 が書けたものと感心する。講義でも面白い場面を読んで欲しかった。これで終わりとは。