220212紫式部日記⑳「斎院と中宮」その2

斎院に仕える中将の君が、斎院の文化サロンが卓越していると、中宮サロンを見下しているかのような手紙を書いたので、それを読んだ紫式部は反論をしている。紫式部は中宮サロンに風流性が乏しく地味である原因は、中宮彰子の人柄にあると考える。そこから読み始めよう。

「朗読1」今の中宮のサロンの風流のなさの原因は、中宮の心にあると言っている。

さるは、宮の御心あかぬところなく、らうらうしく心にくくおはしますものを、あまりものづつみせさせたまへる御心に、何ともいひ出でし、いひ出でたらむも、うしろゆすく恥なき人は、よにかたいものとおぼしならひたり。げに、もののをりなど、なかなかなることしいでたる、おくれたるにはおとせりたるわざなりかし。ことに、ふかき用意なき人の、所につけて我は顔なるが、なまひがひがしきことども、もののをりにいひいだしたりけるを、まだいとをさなきほどにおはしまして、世に

なうかたはなりと聞こしめしおぼほししみにければ、ただことなるとがなくて過ぐすを、ただめやすきことにおぼしたる御けしきに、うち児めいたる人のむすめどもは、みないとようかなひきこえこえさけたるほどに、かくならひにけるとぞ心得てはべる。

「現代語訳」

実は、中宮様の御心には何一つ不足はなく、全てに行き届いていますが、余りに内気で奥床しくいらっしゃる御心には、進んで物を言い出すまい、いいだせば後悔することが多いと感じておられるのです。確かに何かの折に、なまじっかの事をしでかすのは、出来の良くないのよりもっと悪いことになります。とりわけ、深い心遣いのない人で、この御所で得意顔らなっている人が、筋の通らないことを

云いだしたのを、まだ若い頃の中宮様は、とても見苦しい事とお聞きになり、ただ、目立った欠点が

なく過ごすのが無難な事とお思いになったのです。そのお気持ちに応じて、子供っぽい、若い女房達が、引っ込み思案になってしまったのである。

「講師」

中宮に仕える女房に、風流が無いのには理由があった。斎院からの批判には一理があった。その

最大の原因は中宮の謙虚で内気な性格である。謙虚は悪いことではない、しかし過ぎたるは・・・何とやらとなる。紫式部は中宮から若い時の体験を聞いたことがある。特に、これといった思慮分別のない女房がいて、中宮の前で我が物顔に振る舞い、嫌悪感を催す振る舞いをした事があった。これ以来、失態なく安心な事を目指そうと思ったのである。

その中宮の気持ちに適うように、女房達はなっていったのである。

 

「朗読2」中宮のサロンが風流でないと言われている、この現状を中宮は知っているのだ。

今はようようおとなびさせたまふままに、世のあべきさま、人の心のよきもあしきも、過ぎたるもおくれたるも、みなご覧じしりて、この宮わたりのことを、殿上人もなにも目はなれて、ことにをかしきことなしと思ひいふべかめりと、みな知ろしめいたり。

「現代語訳」

今では中宮様も大人びてこられて、世の中の本当の姿や、人の心の良し悪しも、行き過ぎも足りないこともお分かりになってきた。この中宮御所の事を、殿上人が見慣れて特に面白い事もないと想ったり、行ったりしているのも御存じである。

 

「朗読3」中宮様も、皆がもっと積極的にとお考えですが、中々治りません。公達は風流な

     人は、稀だといっているとか。

さりとて、心にくくもありはてず、、とりはづせば、いとあはつけいことも出でくるものから、なさけなくひき入りたる、かうしてもあらなむとおぼしのたまはすれば、そのならひなほり難く、また、今ようの君達といふもの、たふるるかたにて、あるかぎりみなまめ人なり。斎院など用の所にて、月をも見、花をもめづる、ひたぶるの艶なることは、おのづからもとめ、思ひてもいふらむ。朝夕たちまじり、ゆかしげなきわたりに、ただごとをも聞き寄せ、うちいひ、もしは、をかしきことをも言ひかけられて、いらへ恥なからずすべき人なむ、世に難くなりにたるをぞ、人々、はいひはべるめる。みづからえ見はべらぬことなれば、え知らずかし。

「現代語訳」

そうはいっても、奥床しいだけでは押し通すことも出来ず、しかし一歩踏み違うと、とても軽薄にもなりかねないし。やはり風流心もなくて引っ込み思案にしているのには、中宮様ももっと積極的にとお思いになり、口にも出されるが、その習慣は中々治りにくい。それにまた、当世風の公達は、この控え目な気風に順応して、みんな生真面目に振舞っている。斎院などのような処では、月を見たり花を愛でたりする風流事は、自然に自分から求め、思うものである。朝に夕に出入りして、何の奥床しさもない所では、日常の話も趣深く聞き取ったり、口に出したり、或いは気の利いたことを言われて、返事を出来る人は、本当に稀だと、殿上人は評している様である。でも自分で見たことではありませんから、

よくは解りませんけど。

「講師」

中宮彰子は苦しい立場になる。これまで通りの奥床しい路線は限界である。サロンの雰囲気を変えようと決断する。中宮サロンは面白くないという評判も立っている様である。さすがに紫式部も自分の所が、無風流は認めざるを得なかった。

 

「朗読4」相手の気持ちを損なわないで、その時々の状況に合わせて心を働かすべきです。

    しかし難しい事です。

かならず、人の立ちより、はかなきいらへをせむからに、にくいことをひき出でむぞあやしき。いとようさてもありぬべきことなり。これを、人の心ありがたしとはいふにはべるめり。などかかならずしも、面にくく引き入れたらむがかしこからむ。また、などてひたたけてさまよひさし出づべきぞ。よきほどに、をりをりの有様にしたがひて、用ゐむことのいと難きなるべし。

「現代語訳」

人が立ち寄って話しかけた時、一寸した返事をしようとして、相手の気持ちを損なうようなことをするのは良くないことです。

上手に対応して当たり前のことです。このように、世間には優れた気立ての人はめったにいないという事でしょう。

取り澄まして引っ込んでいるのが、賢いと言えようか。といって、締まりがなくあちこちに出しゃばるべきでしょうか。適切にその時々の状況に従って、心を働かせることは、本当に難しい事です。

 

「朗読5」中宮の上臈たちは、子供っぽくて、人に会うのを敬遠してしまう引っ込み思案の所が

     ある。

まづは、宮の大夫まゐりたまひて、啓せさせたまふべきことありけるをりに、いとあえかに児めいたまふ上臈たちは、対面したまふこと難し。また、あひても何ごとをか、はかばかしくのたまふべくも見えず、言葉の足るまじきにもあらず、心の及ぶまじきにもはべらねど、つつまし、恥づかしと思ふに、

ひがごともせらるるを、あいなし、すべて聞かれじと、ほのかなるけはひをも見えじ。ほかの人は、さぞはべらざなる。

「現代語訳」

まず一例をあげると、中宮の大夫(長官)がお出でになって、中宮様に啓上なさることがあったような時に、とても弱弱しく子供っぽい上臈たちは、取次に出て対面することはありません。又、応対に出ても、何事も、はきはきと仰るようには見えません。言葉が足りないのではなくて、気持ちが行き届かないわけではなく、きまりが悪い、恥ずかしいと思うので、間違いをしそうなことを嫌がって、何事も聞かれまいと、少しでも姿を見られないようにするのでしょう。上臈以外の女房達はそうでもないようですが。

「講師」

紫式部の演説はなお続く。自分の論に説得力を持たせるために、具体例を持ち出す。味方である

中宮の長官が来た時も、お嬢さん的な上臈はしっかり要件を聞いて、中宮様に伝えることも出来ない。きまりが悪いので、男達を敬遠してしまう。事務能力に欠けるだけでなく、風流心もない。個別の体験を語って、相手を納得させるのである。

そもそも弟の恋人から来た手紙を、こっそり読んで怒りに駆られ、斎院と中宮と野比較をしようと思ったのである。どの様にこの議論の決着はついたのか。

 

「朗読6」斎院の中将の思い上がりは許せない。ひどい手紙です、人のものなのでお見せ

     出来ないのが残念です。

斎院わたりの人も、これをおとしめ思ふなるべし。さりとて、わがかたの、見どころあり、ほかの人は目も見しらじ。ものをも聞きとどめじと、思ひあなづらむぞ、またわりなき。すべて人をもどくかたはやすく、わが心を用ゐむことは難かべいわぞを、そは思はで、まづわれさかしに、人をなきになし、世をそしるほどに、心のきはみこそ見えあらはるめれ。いと御覧ぜさせまほしうはべりは文書きかな。人の隠しおきたりけるをぬすみて、みそかに見せて、とりかへしはべりにしかは、ねだうこそ。

「現代語訳」

斎院あたりの人も、こんな所を軽蔑しているのでしょう。だからと言って、自分の所は優れていて、他の人は物を見る目はないだろう、風雅を心に留めることもないだろう、と侮るのは、正しくありません。普通、人を非難するのは容易で、自分の方に気を配るのは難しいのです。それなのに、そうは思わないで、まずは第一に自分が賢ぶって他人は無視したり、世間を非難したりするところに、ご当人の

浅薄な心が見えています。

全く、お見せしたかった斎院の中将の手紙ですが、ある人が隠しておいたのを、そっと見せてくれたので、また取りかえされてしまいました。ぞれを、お見せ出来ないのが残念です。

「講師」

中宮の女房達は風流を解さないで、気が利かないのは認めます。紫式部は斎院の中将の言葉を

借りて、中宮に仕える上臈女房達の欠陥を、批判しているのである。中将の君を利用している。

そして中宮もそう思っておられると確信している。しかし、中宮本人への批判は許せない。今、ある人に宛てた手紙を書いているが、あなたに中将の君の手紙を、見せられなくて残念と言っている。

中将の君が、如何に鼻持ちならない女か、分かってほしかったのだ。

 

「コメント」

 

マッチポンプじゃないの。火種はあったろうが、紫式部が煽っているのでは。そして、自分のサロンへの不満をぶちまけているのだ。実に手の込んだシナリオだと感心する。次は同僚への

批判.お楽しみ。