211030紫式部日記⑥「御湯殿の儀、三日の産養」

中宮彰子(一条天皇妃)、敦成親王(後一条天皇)を出産。若宮が産湯を使う場面を読む。

 

「朗読1」御湯殿の儀式の模様を、細かに描写している。午後6時から始まった。

御湯殿は酉の刻とか、火ともして、宮のしもべ、みどりの衣の上に白き当色着て、御湯まゐる。その桶据えたる台など、みな白きおほひしたり。尾張の守知光、宮のさぶらひの長なる仲信舁きて、御簾のもとにまゐる。みづし二人。清子の命婦、播磨、とりつぎて、うめつつ、女房二人、大木工、馬、くみわたして、御ほとぎ十六にあまればいる。うすものの産着、

かとりの裳、唐衣、釵子(さいし)さして、白き元結したり。頭つきはえて、をかしく見ゆ。御湯殿は宰相の君、御迎へ湯、大納言の君、湯巻すがたどもの、例ならずさまことに、をかしげなり。

「現代語訳」

御湯殿の儀式は、午後六時頃。灯火を点して、中宮職の下位のものが緑色の衣の上に、白いものを着て、御湯を運ぶ。その桶を据えた台は、白い覆いが掛けてある。尾張の守と中宮職の長が担いで、それを御簾の所に運ぶ。お水の係りの女房二人、清子の命婦と播磨が湯加減をうめて、女房二人、大キ工と馬がお湯を汲み入れて十六のほとぎに入れる。女房達は、色々な服装をして美しく見える。お湯をかける役は宰相の君、その相手は大納言の君、二人の湯巻姿が、いつもと違い如何にも風情がある。

 

「朗読2」道長始め、関係の人たちの衣装の様子の素晴らしさを、細かに描写している

宮は、殿抱きたてまつりたまひて、御佩刀小少将の君、虎の頭宮の内侍とりて、御さきにまゐる。唐衣は松の実の紋、裳は海浦を織りて、大海の擂目にかたどれり。腰はうすもの、唐草をぬひたり。少将の君は、秋の草むら、蝶、鳥などを、白銀してつくりかかやかしたり。織物しかぎりありて、人の心にしくべいやうのなければ、腰ばかりを例にたがへるなめり。

「現代語訳」

若宮は殿(道長)が抱いて、御守り刀は小少将の君が、邪気を払うという虎の頭は、宮の内侍が持って、若宮の先に行く。宮の内侍の唐衣は、松毬の紋で、裳は海の気色を刺繍で織って、大海の雰囲気を出している。裳は薄物で、唐草が刺繍されている。少将の君は腰に秋の草むらに、帳、鳥などの模様を銀糸で刺繍してある。着るものは身分によって制限があり、

好きにする訳にはいかないので、裳の腰の処だけに工夫をしているのだろう。

 

「朗読3」儀式の内容を詳しく描写。散米、史記の朗読、鳴弦など儀式の描写である。

殿の君達二ところ、源少将など、うちまきをなげのののしり、われたかううちならさむと、あらそひさわぐ。浄土寺の僧都、護身にさぶらひたまふ。かしらにも目にもあたるべければ、扇をささげて、若き人に笑はる。

文読む博士、蔵人の弁広業、高欄ののもとに立ちて、史記の一巻を読む。弦うち二十人、五位十人、六位十人、ニなみに立ちわたれり。夜さりの御湯殿とても、さまばかりしきりてまゐる。儀式同じ。御文の博士ぱかりや替りけむ。

伊勢の守の博士とか。例の孝経なるべし。また、挙周は、史記文帝の巻をぞ読むなりし。

七日のほど、かはるがはる。

「現代語訳」魔除けをやったり、史記を読んで教養を付けようとのことか。

道長の息子二人と、源少将などが、散米を撒いて、玄のいいように音高く騒いでいる。浄土寺の僧都が、護身の法を行うために来ている。その頭にも散米が当たりそうなので、扇で防いでいる恰好を、若い女房達に笑われている。

漢籍を読む博士の蔵人の弁広業は、高欄の下に立って、史記の第一巻を読む。魔除けの鳴弦は二十人、五位が十人、六位が十人、二列に並んでいる。

夕土器の御湯殿の儀式は、形だけのものである。儀式は同じ。今度は読書の博士は変わったとか。伊勢の守の博士とか。読んだのは、例の通り孝経であろう。又挙周は史記の文帝の巻を読むのであろう。七日間、この三人が代わる代わりに読書の役を務めるのである。

 

「朗読4」女房達の装束を、こと細かに描写していて、如何にも宮中の女の雰囲気。

よろづのもののくもりなく白き御前に、人の様態、いろあひなどさへ、けちえんにあにはれたるを見わたすに、良き墨絵に、髪どもおほしたるように見ゆ。いとどものはしたなくて、かかやかしき心地すれば、昼はをさを出でず、のどやかにて、東の対の局より、まうのぼる人々を見れば、色許されたるは、織物の唐衣、おなじ袿どもなれば、なかなか゜うるはしくて、心々も見えず。ゆるされぬ人も、すこしおとなびたるは、かたはらいたかるべきことはとて、ただえならぬ三重五重の袿に、表着は織物、無紋の唐衣すくよかにして、かさねには綾うすものをしたる人もあり。扇など、みめには、おどろおどろしくかかやかさで、よしなからぬさまにしたり。心ばへある本文うち花きなどして、いひあはせたるようなるも、心々と思ひしかども、よはひのほどおなじまちのは、をかしと見かはしたり。人の心の思ひおくれぬけしきぞ、あらはに見えける。裳、唐衣のぬひ物をばさることにて、袖口におきぐちをし、裳のぬひ目に白銀の糸を伏組のようにし、箔をかざりて、綾の紋にすゑ、扇どものさまなどは、ただ雪深き山を月のあかきにしたる心地しつつ、きらきらと、そこはかと見わたれず、鏡をかけたるようなり。

「現代語訳」

省略

 

「朗読5」お産三日目、まだ儀式は続く。

三日にならせたまふ夜は、宮づかさ、大夫よりはじめて、御産養仕うまつる。右衛門の督は御前のこと、沈の懸盤、白銀の御皿など、くはしくは見ず、源中納言、藤宰相は、御衣、御襁褓、衣筥の折立、入帷子、包、覆、下机など、おなじことの、おなじ白さなれど、しざま、人の心々見えつつしつくしたり。近江の守は、おほかたことどもや仕うまつるらむ。東の対の、西の廂は、上達部の座、北を上にて、二行に、南の廂、殿上人の座は西を上なり。白き綾の御屏風どもを、身屋の御簾にそへて、外ざまに立てわたしたり。

「現代語訳」

産後三日の夜は、中宮職の人達が、大夫をはじめとして、御産養をする。右衛門の督は中宮の祝膳のこと、沈の食台、銀のお皿などを準備したが、詳しくは見なかった。源中納言と、藤宰相は若宮の産着、襁褓その他必要なものを整えている。御産養のいつものように、白一色であるが、その中にも人それぞれで、人の趣向が凝らされていた。近江の守はその他全般の事を奉仕するのであろう。身分によって座る場所が決められていて、公卿、殿上人が

並んでいる。

 

「コメント」

生れるまでも大変だが、生まれた後ももう一層大騒ぎ。今と違って、嬰児の死亡率が高かったろうから、関係者の心配は尽きないのであろう。特に道長にとっては、自分の

権勢と直接結びつく大事であるから。そして、それをじっと目を凝らして見ている作者。

凄い観察眼。