220220王朝物語㊷和泉式部日記⑭「宮廷に入る」
宮の住まいは、藤原氏の氏長者屋敷の隣。ここに父と妻とで住まい。ここに女は入ることになる。
「朗読1」いよいよ、女はお屋敷に上がる事となる。宮が迎えに来る。
人知れず据ゑさせたまふべき所などおきて、「慣らはである所なれば、はしたなく思ふめり。ここにも聞きにくくぞ言はむ。ただわれ行きてゐていなむ」とおぼして、十二月十八日、月いとよきほどなるに、おはしましたり。
例の、「いざたまへ。とのたまはすれば、今宵ばかりにこそあれと思ひてひとり乗れば、「人ゐておはせ。さりぬべくは心のどかに聞こえむ」とのたまへば、「例はかくものたまはぬものを、もしやがてとおぼすにや」と思ひて、人ひとりゐて行く。
「現代語訳」
宮は女を人目につかずに置いておく場所などを決めて、「女が慣れない所で、きまり悪く思うだろう。この邸の者も、嫌なことを云うだろう。私が行って女を連れてこよう」と思って、十二月十八日、月がとても明るい時に、宮は女の家にお出でになった。いつものように、「さあ、いらっしゃい」と仰るので、女は今宵だけの外出だと思って、車に乗ると「誰か、
人を連れていらっしゃい。そして、ゆっくりお話しましょう」と仰るので、女は「いつもはこんな事は仰らないので、もしかするとこのまま邸に住まわそうと思っておられるのかもしれない」、と思って侍女を一人連れて行った。
「朗読2」その部屋は侍女を置いて住むように準備してあった。もっとそっとお邸入りをしたかったのにと、女は思う。
例の所にはにはあらで、忍びて人などもゐよとせられたし。さればよと思ひて、「なにかはわざとだちて参らまし。
いつ参りしぞとなかなか人も思へかし」など思ひて、明けぬれば、
くしの筥など取りにやる。
「現代語訳」
いつも行く所ではなくて、そっと侍女なども置いて住むように、部屋は作ってある。やはりそうだったのだと思って、「どうしてわざと派手にお邸入りすることがあろうか。いつの間に入ったのだろうと、思ってくれた方がいいのに」などと思う。
朝になって、化粧道具などを家に取りにやった。
「朗読3」宮の邸で、部屋を北の方に移る。そこには正妻がいて、これを不快に思う。
宮入らせたまふとて、しばしこなたの格子は上げず。おそろしとにはあらねどむつかしければ、「今、かの北の方に渡したてまつらむ。ここには近ければゆかしげなし」とのたまはすれば、おろしこみてみそかに聞けば、「昼は人々、院の殿上人など参りあつまりて、いかにぞかくてはありぬべしや。近劣りいかにせむと思ふこそ苦しけれ」とのたまはせすれば、「
それをなむ思ひたまはる」と聞こえさすれば、笑はせたまひて、「まめやかには、夜などあなたにあらむ折は用意したまへ。けしからぬものなどはのぞきもぞする。今しばしあらば、かの宣旨のある方にもおはしておはせ。おぼろけにてあなたは人もより来ず。そこにも」などのたまはせて、二日ばかりありて北の対にわたらせたまふべければ、人々おどろきて上に聞こゆれば、「かかることなくてだにあやしかりつるを。なにのかたき人にもあらず。かく」とのたまはせて
「現代語訳」
宮が部屋にお出でになるというので、格子を上げずにいる。暗くて気詰まりである。宮は「すぐに北の本邸に移してあげます。ここは風情が無い。昼は女房や殿上人が集まってくるので、このままではまづいのです。人目に立ちます。また近くで私を見て、あなたが失望しないかと心配です」と仰るので、「私もそのことを心配していました」と女が言うと、
お笑いになって「真面目な話ですが、私がいない時に怪しからぬ連中が覗いたりするので、用心してください。もう少ししたら、宣旨の部屋(宮つきの女房)のにでも行きなさい。そこにはめったに人は来ません」などと仰る。二日ほどして北の本邸に女とお出でになろうとしたので、本邸の女房達が驚いて北の方(宮の正妻)に知らせると、北の方は「こんなことが無くても、今まで怪しからぬ行動なのです。あの女は特に大事にするべき身分の人ではない。それなのにどうしてこんなことをするのでしょう」と仰った。
「朗読4」この事で宮の北の方はとても不機嫌になってしまう。宮は寄り付かないで、女の部屋に来る。
「わざとおぼせばこそ忍びてゐておはしたらめ」とおぼすに、心づきなくて、例よりもものむずかしげにおぼしておはすれば、いとほしくて、しばしば内に入らせたまはで、人の言ふことも聞きにくし、人の気色もいとほしうて、こなたにおはします。
「現代語訳」
「特別に愛しておられるので、連れてお出でになったのだろう」と考えて、北の方は不機嫌になられたので、宮は北の方の部屋には入らず、女の部屋にお出でになる。
「朗読5」北の方は宮に、どうして女を入れることを云わなかったまだと責める。宮は、屁理屈で答える。
「しかじかのことあなるは、などかのたまはせぬ。制しきこゆべきにもあらず。いとかう、身の人げなく人笑はれに恥づかしかるべきこと」と泣く泣く聞こえたまへば、「人使はむからに、御おぼえのなかるべきことかは。御気色あしきにしたがひて、
中将などがにくげに思ひたるむつかしさに、頭などもけづらせむとてよびたるなり。こなたなどにも召し使はせたまへかし」
など聞こえたまへば、いと心づきなくおぼせど、ものものたまはず。
「現代語訳」
北の方は宮に、「これこれのことがあったそうですが、何故私に話して下さらないのですか。お止め出来ることでもありませんし。私は物笑いの種になって恥ずかしいのです」といって、泣く泣く仰った。宮は「人を使うからにはお心あたりがあるでしょう。召使が私を憎らしく思っているのが、煩わしいのです。私の髪の手入れをさせるのにあの女を呼んだのです。貴女も使ったらいいではありませんか」などと仰る。北の方はとても不愉快になって、何も言わなかった。