220123和泉式部日記⑩「葛城の神」
葛城山は奈良と大阪の境にある。葛城山には一言主という神がいた。これが葛城の神である。
源氏物語の夕顔にも登場する。
「朗読1」お忍びで宮は来られた。「屋敷で宮仕えして下さい。」と言われ、女は迷う。
昼間に自分の顔を見られることを恥じる女。この様子が,役行者に使われ、橋を架ける葛城の神に対応している。
二日ばかりありて、女車のさまにてやおらおはしましぬ。昼などはまだ御覧ぜねば、恥づかしけれど、さまあしう恥ぢ隠るべきにもあらず。またのたまふさまにもあらば、恥ぢきこえさせてやはあらむずるとて、ゐざり出でぬ。日ごろのおぼつかなさなど語らはせたまひて、しばしうち臥させたまひて、「この聞こえさせしさつまに、はやおぼし立て。かかる歩きのつねにうひうひしうおぼゆるに、さのとて参らぬはおぼつかなければ、はかなき世の中に苦し」とのたまはすれば、「ともかくものたまはせむままにと思ひたまふるに、『見ても嘆く』というふことにこそ思ひたまへわづらひぬれ」と聞こゆれば、「よし見たまへ。『塩焼き衣』にてぞあらむ。とのたまはしせて、出でさせたまひぬ。
「現代語訳」
二日ほどたって、宮は女車(お忍び)でお出でになった。昼間にお目にかかったことがないので、恥ずかしかったけれど、隠れている訳にもいかない。又宮が仰るように、お屋敷にでも入ることになれば、恥ずかしがってばかりいられないので、表に出た。暫く無沙汰の事などお話になって、横になられた。「このようなお忍びは気が重いが、ご無沙汰も気掛りなので、早く決心して屋敷においでなさい」と仰る。「でも、馴れてしまうのも怖いので迷っているのです」と女は答える。
「塩焼き衣(柿本人麻呂の歌)のように、馴れてこそ人は恋しくなるのです。」と、宮は言って帰って行かれた。
「朗読2」庭の檀を手に、二人の仲が細やかになったといわれ、女も宮を素晴らしと思う。
連歌である。平安時代の連歌は、二人で繋げる。短連歌という。
室町時代は、何人もの人が繰り返し繋いでいく。鎖連歌という。
前近き透垣のもとに、をかしげなる檀の紅葉のすこしもみぢたるを、折るらせたまひて、高欄におしかからせたまひて、
「言の葉ふかくなりにけるかな」とのたまはすれば、
「白露のはかなくおくと見しほどに」と聞こえさするさま、なさけなからずをかしとおぼす。宮の御さまいとめでたし。御直衣に、えならぬ御衣、出でし袿にしたまへる、あらまほしう見ゆ。目さあだあだしきにやとまでおぼゆ。
「現代語訳」
庭先の檀(まゆみ、ニシキギ三姉妹の姉、紅葉し赤い実)を折って、欄干に寄りかかって、
「私たちの情は、檀の紅葉より深くなったね。」と仰るので、下の句
「白露のように儚いと思っている間に」と歌でお答えする。上の句
この様子を御覧になって、宮は素晴らしいと思われた。女から見ても、宮のお姿は素晴らしい。
「朗読3」昼間に逢うことを恥ずかしがるが、満更でもない女の様子が表されている。
またの日、「昨日の御気色のあさましうおぼいたりしこそ、心憂きもののあはれなりしか」とのたまはせたれば、
「葛城の神もさこそは思ふらめ久米路にわたすはしたなきまで わりなくこそ思ひたまうらるれ」と聞こえたれば、立ち返り
「おこなひのしるしもあらば葛城のはしたなしとてさてややみなむ」
など言ひて、ありしよりはときどきおはしましなどすれば、こよなくつれづれも慰む心地す。
「現代語訳」
次の日、宮から「昨日は、昼間から伺った私を呆れていた様子が残念だったけれど、本心が分かって嬉しかったと便りがあったので、歌を出した。
「葛城の神も私と同じ様に、昼間に顔を見せるのをみっともないと思うでしょう」
宮から折り返し返事が来た。
「葛城の神のように昼間に逢うことを恥ずかしがったからと言っても、今後も昼間に逢いに行きますよ。」.と言って、今までよりしばしばお出でになるので、わびしさも慰められることである。