文学の世界「王朝日記の世界」      気通信大学教授、学者 島内 景二

201205和泉式部日記④「疑いとためらい」

和泉式部には別の男がいるのではと、敦道親王が悩まされる場面を読む。

恋多い女と付き合う男は、自分が本当に愛されているのかと疑いを抱いてしまうと、そこから抜け出せなくなってしまうのだ。逆に女の側からは、どうしてそこまで疑うのかとなる。

 

「朗読1

「原文」宮が女を訪ねたが、女は眠っていて気付かなかった。宮は誰か男が来ていると思い、がっかりして帰る。

宮、例の忍びておはしまいたり。女、さしもやはと思ふうちに、日ごろのおこなひに困じて、うちうちまどろみたるほどに、門をたたくに聞きつくる人もなし。聞こしめすことどもあれば、人のあるにやとおぼしめして、やをら帰らせたまひぬ。」

「現代語訳」

(敦道親王)は、いつものように忍んで、お出でになった。女はまさかお出でになるとはなるまいと思っていて、ここの所お寺参りをしていたので疲れて、ウトウトと寝ていたので、女房達も含めて、お出でに気付いた人はいなかった。

宮は、女が恋多き女と聞いていたので、誰か男が来ているのではと思い、そっと帰ってしまった。

 

「朗読2

「原文」宮は翌朝、恨みがましい手紙を送る。女は寝てしまっておいでになったのを知らなかったのです。

他の男がいるなと、変な想像がなさっているようだけど、そんなことはありませんと弁解をする。

つとめて、「あけざりしまきの戸口に立ちながらつらき心のためしとぞ見し  憂きはこれにやと思ふも、あはれになむ」

トアリ。「昨夜おはしましけるなめりかし。心もなく寝にけるものかな」とおもふ。

御返り、

「いかでかはまきの戸口をさしながらつらき心のありなしを見む  おしはからせたまふめることこそ。見せたらば」とあり。」

「現代語訳」

翌朝、「昨夜は開けてくれなかった戸口に立って、誰か来ているのだと思ったよ」と、宮は手紙を送る。女は「昨夜、来ていただいた様ですが、寝てしまっていました。誰か来ていたなどと、変な想像をなさっていますが、私の心の中をお見せできたらと思います。」と返事をした。

 

「朗読3

「原文」宮はすぐにでも行きたかったが、周囲の目を気にして、ためらっている間に時間が経っていく。

今宵もおはしまさまほしけれど、かかる御歩きを人々も制しきこゆるうちに、内、大殿、春宮などの聞こしめさむこともかろがろしう、おぼしつつむほどに、いとはるかなり。

「現代語訳」

宮は今晩も、女の所に行きたかったが、天皇や左大臣道長、兄の皇太子などの耳に入り、軽率と思われるのを気にして、謹んで仕舞った。そうしている間に、時が過ぎていった。

 

「朗読4

「原文」女は長雨に、心も沈み、厭世観に捉われていた。そこへ、宮から手紙が来る。

雨うち降りていとつれづれなる日ごろ、女は雲間なきながめに、世の中をいかになりぬるならむとつきせずながめて、「すきごとする人々はあまたあれど、ただ今はともかくも思はぬを。世のひとはさまざまに言ふめれど、身のあればこそ」と思ひて過ぐす。宮より「雨のつれづれはいかに」とて

「おほかたにさみだるるとや思ふらむ君恋ひわたる今日のながめを」

とあれば、折しもとおもひて

「慕(しの)ぶらむ知らでおのがただ身を知る雨と思ひけるかな」

「現代語訳」

雨が降り続いて、退屈なこの数日、女は晴れ間のない天気に、私は一体どうなるのかと物思いに耽っていた。「言い寄る男は多いが、今は何とも思わない。世の中の人は、あの女は男好きだと色々言うが、いっそどこかに隠れてしまいたい。」と思っていた。宮より「この雨の中、どうしていますか」と言って

「五月雨が降っていると思っているでしょうが、実はあなたを想う私の涙ですよ。」と書いた文が来た。丁度いいタイミングである。物思いに耽っていた時なので、「私を想った涙とは知らず、自分の情けなさの雨だと思っていました。」

 

「朗読5」宮が、女の所に出掛けようとしていたら、乳母が来てあんな女に処に行ってはダメと言う。

そして、次の天皇を巡って微妙な時だから、更にという。

おはしまさむとおぼしめして、薫物(たきもの)などせさせたまふ程に、侍従の乳母まうのぼりて、「出でさせたまふはいづちぞ。このこと人々申すなるは、なにのようごとなききはにもあらず。使はせたまはむとおぼしめさむかぎりは、召してこそ使はせたまはめ。かろがろしき御歩きは、いと見苦しきことなり。そがなかにも、人々あまた来かよふ所なり。便なきことも出でまうで来なむ。すべてよくもあらぬことは、右近の尉なにがし始むる事なり。故宮をも、これこそゐて歩きたてまつり鹿。夜夜中と歩かせたまひては、よきことやはある。かかる御供に歩かむ人は、大殿にも申さむ。世の中は今日明日とも知らず変はりぬべかめるを、殿のおぼしおきつることもあるを、世の中御覧はつるまでは、かかる御歩きなくてこそおはしまさめ」と聞こえたまへば、

「現代語訳」

宮は女の所に出掛けようと、香を焚き込ませていたら、侍従の乳母が来て、「どこへお出でですか。お出かけを人々は色々と言っています。あの女は身分の高い女ではありません。付き合いたかったら、召したらいいではありませんか。軽々しいお出掛けは見苦しいですよ。ましてあの女の所には、多くの男が通っております。具合の悪い事も起きるでしょう。この良くないことは、部下の右近の尉が始めたことで、亡き兄君の時もそうだった。あの女の所に出掛けていい事はありません。天皇の位も含めて、明日にも状況が変わるかも知れませんよ。状況を見届けるまでは、こんな外出はなさらないでください。と、宮に申し上げた。

 

「朗読6」乳母に、宮が反論。あの女は暇つぶしだ。身分低いが取柄はある。と言ってる間に二人の間は、疎遠になった。

「いづちか行かむ。つれづれなれば、はかなきすさびごとするにこそあれ。事々しう人は言うべきにもあらず。」とばかりのたまひて、「あやしうすげなきものにこそあれ、さるは、いと口惜しうなどはあらぬものにこそあれ。呼びてやおきたらまし。とおぼせど、さてもまして聞きにくくぞあらむ、とおぼし乱るるほどにおぼつかなうなりぬ。

「現代語訳」

何処へも行くものか。退屈なので、かりそめの慰め事なのだ。色々と言われる筋合いではないよ。身分の低い女だけど、取り柄が無いわけではない。呼んで召人にするかとかなとも思われた。しかしと思っている内に、二人は疎遠になった。

 

この部分は、訪れたのに門を開けて貰えなかった宮の気持ち--男が来ているのではとの疑惑、多情な女と言う世評。

そして、乳母に、身分からして軽々しいと意見されて、ためらっている状態である。

 

「コメント」

和泉式部と思われる女の事を、和泉式部が書くという不思議な物語。それも、世評は男出入りの激しい、多情な女。どんな性格の人なんだろうという興味が募る。