191214 ㊲「長明の女性観」(其の一)長明の恋歌
「伊勢記」では、結婚を約束した人を伊勢に訪ねた。しかし結果は思わしくなかった。
また高松女院(後鳥羽上皇内親王)の御所で行われた菊合わせの歌会で次の歌を詠んだ。
「堰きかねる涙の河の瀬を早みくずれにけりな人目つつみは」
→恋しい涙が流れて、人の目に分かるようになってしまったことだ。
高松女院を恋していたという説もある。
長明には恋歌が沢山あるので、「鴨長明集」から選んでそれを中心に話す。
・初恋の心を
「袖に散る露打ち払いあわれわか知らぬ恋路を踏み初めるかな」 61番
涙を振り払って、経験のない恋の道に入ってしまったなあ。
・忍ぶ恋
「忍ぶれば音にこそ立てねさをしかの入野の露の消(:け)ぬべきものを」62番
耐えていて声には出さないが、鹿がいて入野の露が消えてしまうように、あの人のことを思っている。
・初めてかえり事(返事)を見る恋
「何せむに覚束なさを嘆きけむ思い絶えねと書きけるものを」65番
どうして心配な先のことを嘆いたりするのだろうか。あの人から私のことは忘れて下さいと手紙が来たのに。
・思いをなす心の恋
「打ち払い人通いけり浅茅原妬しや今宵露のこぼれぬ」67番
女を訪ねたら、この道を人が通ったのだ。悔しいな、露がこぼれている。
・「自ずから違わぬ宵も有りやとて主なき宿に通いなれぬる」68番
ひょっとして行き違いのない夜もあるかと思って、女のいな家に毎晩通っているのだ。
・二世を思う恋
「我はただこむ世の闇もさもあればあれ君たに同じ道に迷わば」69番
私はこの世の闇にいてもそれならそれでいい。貴女さえいてくれれば。
・床を並べてあわざる恋
「よそにのみ並べる袖の濡るばかり涙よ床の下を伝って君に届いてくれ」70番
間をあけて寝ている床なので契りを結べない。悲しくて袖は涙で濡れている。涙よ、床の下を通って君に届いてくれ。
・互いに添い寝する恋
「中にまた人をば臥せしかみかきや並ぶかたなきまろねなりとも」74番
神の前でごろ寝しているが、間には誰も寝かしはしない。→神の前では契らない習わし。
・恋の心を
「恨みぬる辛さも身にぞ返りぬる君に心を替えて思え℃」78番
恨んでいる心は自分に帰ってくる。君と自分の心を取り換えてしまおう。
・「今よりは懲りぬや心思い知れ去るや知らぬ人に移るは」83番
もうコリゴリだと思い知ったか、彼女の心は知らない男に移ってしまった。
・「吾は厭う背けぱ慕うかすならぬ身と心との仲ぞ床しき」90番
背反する身と心の関係を知りたいものだ。
・「浮き身をば如何にせんとて惜しむぞと人に代わりて心をそとう」96番
辛い立場を何故惜しむのか。一体、自分をどうしようとしているのか。
・秋の夕暮れに女のもとに遣わす
「忍ばむと思いしものを夕暮れの風の景色に遂に負けぬる」84番
我慢しようとおもっいたが、秋の夕暮れの風の雰囲気に、ついに女に手紙を送ってしまった。
・「恋しさの行くかたもなき大空にまた満つものは恨みなりけり」79番
恋しき気持ちは行く先が無くて、大空に広がっていった。恨みで一杯である。
・悉皆の心を
「奥山のマサキの葛繰り返し結うとも絶えし絶えぬ嘆きは」89番
奥山のマサキの葛の蔓で嘆きを縛ったが、縛りきれない。
・「心にもあらであらで何ぞのふるかいはよしつつのみよ消え果てねただ」91番
心にもなく過ごしているが、この身は死んでしまったらいいのだ。
・「憂きながら杉野のきぎす(雉)声立ててさをとるばかり物をこそ思へ」93番
悲しそうに鳴いている杉野のキジのように、私は物思いに沈んでいる。
・「霜埋ずむ枯野に弱る虫の音にこはいつまでか世に聞こゆけき」94番
霜に埋まった枯野で弱っていく虫の声は、いつまで聞こえているのだろうか。渡しも同じように弱ってきた。
・「世は捨てつ身はなきものになしはてつ何を恨むる誰が嘆きそも」95番
私は世を捨てた。身も。何を恨んでいるのか。誰が嘆いてくれようか。
長明の恋の歌は情熱的。隠遁者のイメ-ジはない。
「コメント」
歌からすると、恋が成就した気配はない。後鳥羽院の歌所からの突然の失踪、下鴨神社の後継者問題など世の中と折り合いをつけるのが上手ではない人なのであろう。失恋故に隠遁したのか、
隠遁後も・・・・。