詩歌を楽しむ「啄木再発見」 三枝 昂之(歌人)
歌書「前川佐美雄」「啄木-ふるさとの空みかも」
⑬13年3月29日(金) 最終回 かの蒼空に 啄木は今も愛される
まとめの意味を兼ねて、明治初頭に花開いた近代短歌はどんな主題を意識したかという観点から啄木の特色を考える。
近代以降100年の短歌の特徴は、一言で言えば「自分が考えたこと、感じた事を素直に表現すること」。これまでの歌は共通の美意識とか、教養の一つとして文化的作法を身に付けることにあった。これを否定したのが明治後半の「短歌革新」 三人を挙げるが共通なのは「自分の感じたこと」考えを歌うということ。
・鉄幹 自分自身の思いを歌う ・子規 実際に見た物の写生・信綱 「己がじしで」として自分の関心に忠実に歌うこと
「近代短歌のテ-マ」
それまでは自分の事を歌うのは控えるのが常識であったが、近代になって自分の思いを歌うことが大切となってきた。
よって以下の三つが切実なテ-マとなってくる。
① 青春 与謝野晶子「みだれ髪」 与謝野鉄幹「東西南北」 若山牧水「海の音」
② 病気 当時文士に多かった結核、 正岡子規/長塚 節
③ 貧困 渡辺順三「貧乏の歌」
吾れ遂に飢ゑて死ぬとも今の世に反逆の子となりて倒れむ.
「啄木のテ-マ」
啄木にはこの三つがすべて含まれている。
(青春) 「一握の砂」巻頭の(砂山十首)はまさに青春の歌 生きることを問う青春特有の孤独と感受性が息づいていて
薫り高い青春歌 (砂山の砂に 腹這ひ初恋のいたみを遠くおもひ出づる日)
初恋という言葉が柔らかく生きた歌
(病気) (いきすれば胸の中うちにて鳴る音あり凩よりもさびしきその音)
死病に取りつかれた者の絶望の心が見える。
(貧困) (働けど働けどわが暮らし楽にならざりじっと手を見る)
じっと手を見る→ここが泣かせ所
「啄木のこれ以外のテ-マ」 望郷・都市生活・社会主義・家族 近代化が暮らしを変化させ、歌を変えていく。
(望郷) (ふるさとの訛りなつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく)
(京橋の瀧山町の新聞社灯ともる頃のいそがしさかな)
都市の活気を表している
(赤紙の表紙手擦れし国禁の書を行李の底に探す日)
社会主義思想への共感
(解けがたき不和のあひだに身を処してひとりかなしく今日も怒れり)
家族は温もりの場所でもあるが諍いの場でもある。
啄木は暮らしの目線から歌ったから、近代短歌の意識したテ-マをカバ-した。それを表すのが「一握の砂」の広告文。
「著者の歌は従来の青年男女の間に限られた明治新短歌の領域を拡張して広く読者を中年の人々に求む」
(こみ合える電車の隅にちじこまる夕べ夕べの我のいとしさ)
サラリ-マンの悲哀が出ている
(友がみなわれよりえらく見ゆる日よ花を買ひ来て妻としたしむ.)
啄木の歌には平凡な生活を大切にしながら、故郷を追われて東京で挫折して病に倒れるという軌跡が重なって見えてくる。
短歌史的にいうと、若さを目指して疾走してきた近代短歌が、啄木あたりから転機を迎えたといえる。
「三大歌論」 啄木短歌は以下の三つの歌論に反映されている
① 島木赤人 「歌道小見」
「歌を詠むときは全身の集中から出ねばならない。これを誤ったら終生歌らしい歌は出来ない。歌の道は決して面白おかしく歩くべきものではない。まして歌詠みでもないものが評論すべきものではない」
② 斉藤茂吉 実相観入 子規の写生では不十分、対象と自分が一体となることが大事と説く
③ 塚本邦男 歌詠みとは、かってかくも美しかった日本語を磨いて磨いて生きるべきもの。言葉の美意識が必須。
「啄木の言い分」
短歌は一流レストランのフルコ-スなのか、家庭料理の香の物か。以上の三人はフルコ-ス、啄木は香の物とする。
「一生は二度と戻ってこない、命の一秒だ、日の一秒がいとおしい。それには小さくて手間が掛からない歌が一番、歌という詩型を持っているということは、日本人の少ししか持たない幸福の一つ」 三枝はこの言葉を激賞。
「忙しい生活の間に心に浮かんでは消えていく刹那刹那の感じる心が人間にある限り歌は滅びない」
要約すると
①歌は立派な詩型ではない、自分の今を愛惜する、ごく身近な生活の歌である。
②日々の暮らしを大切にする人が、そのことを歌に託するのである。→啄木は偉大で大切な
歌人であると改めて思う