220206王朝物語㊵和泉式部日記⑫「忍び逢い」
二人の恋は、佳境に入っていく。日記というジャンルであるが、実際は私小説的物語である。
「朗読1」宮は方違え期間中なので、女を車で連れ出して、居住先の従兄弟の家の車宿りで、一夜を明かす。
その日も暮れぬればおはしまして、こなたのふたがれば、忍びてゐておはします。このごろは四十五日の忌たがへせさせたまふとて、御いとこの三位の家におはします。例ならぬ所にさへあれば、「み苦し」と聞こゆれど、しひてゐておはしまして、御車ながら人も見ぬ車宿に引き立てて、入らせたまひぬれば、おそろしく思ふ。
人しずまりてぞおはしまして、御車にたてまつりて、よろづのことをのたまはせ契る。
「現代語訳」
その日も夕暮れに宮はお出でになった。女の家の方角が方塞がりなので、宮は女を連れだす。
このごろは四十五日間の方違えをするので、従兄弟の三位中将の
家に滞在されている。女はいつもと違う場所でもあるし、「自分がこんな所に来るのはみっともない」と申し上げるが宮は無理にも連れてこられる。
御車に女が載ったまま、車宿りに入れて、自分は屋敷の中に。女は心細くなる。人々が寝静まったころにお出でになって、色々とお話をして、共寝をした。
「朗読2」屋敷の宿直の者たちが周りをウロウロしている。夜があけて、人が起きない内にと女を送って宮は帰っていく。
心得ぬ宿直のをのこどもぞめぐり歩く。例の右近の尉、この童とぞさぶらふ。あはれにもののおぼさるるままに、おろかに過ぎにしかたさへくやしふおぼさるるも、あながちなり。
明けぬれば、やがてゐておはしまして、人の起きぬさきにといそぎ帰らせたまひて
「現代語訳」
事情を知らない宿直の男たちが辺りを歩いている。いつもの右近の尉や例の童が車の近くに控えている。宮はしみじみとした気持ちになって、女に冷淡であったことを悔いているのも、ある意味勝手な事ではある。夜が明けると、宮は女を送ってから、人が起きない内にと帰られた。
「朗読3」早朝に歌の交換
つとめて、「寝ぬる夜の寝覚めの夢にならひてぞ伏見の里を今朝は起きける」
御返し「その夜よりわが身の上は知られねばすずろにあらぬ旅寝をぞする」とぞ聞こゆ。
「現代語訳」
早朝に宮は歌を送る。
「貴女と寝てからは寝覚めて夢見するのに慣れたので、今宵も起きてしまったよ。」
女よりの御返し
「宮と共寝してからとんでもないことになっています。思いもかけない外泊をしてしまいました。」
「朗読4」また宮から迎えの車が来たので、今度は素直に従った。ゆったりとお話もしたので、
お招きの宮の屋敷に上がろうかと思う。そして宮の物忌が終わったので、自分の家に戻った。
所かへたる御物忌にて、忍びたる所におはしますとて、例の車あれば、今はただのたまはせむにしたがひてと思へば、参りぬ。
心のどかに御物語起き臥し聞こえて、つれづれもまぎるれば、参りなまほしきに、御物忌過ぎぬれば、例の所に帰りて
「朗読5」今度はとても楽しい思いでしたと女は歌で言う。宮は私もそうです、私の屋敷に早くいらっしゃいと誘うが、女は決心がつかないままに日が過ぎていく。
今日はつねよりもなごり恋しう思ひ出でられて、わりなくおぼゆれば、聞こゆ。
「つれづれと今日数ふれば年月の昨日ぞものは思はざりける」
御覧じて、あふれとおぼしめして、
「ここにも」とて、
「思ふことなくて過ぎにし一昨日と昨日と今日になるよしもがな」
と思へど、かひなくなむ。なほおぼしめして立て」とあれど
いとつつましうて、すがすがしうも思ひ立たぬほどは、ただうちながめてのみ明かし暮らす。
「現代語訳」
今日はいつもより、宮の事がしみじみと思われてどうしようもないので歌を差し上げた。
「一人さびしい日が続きましたが、昨日は物思いもせずに、楽しい日でした。」
宮は女をいじらしく思われて、「私もそうです」と返歌をされた。
「楽しく過ごした一昨日と昨日でしたが、この幸せが今日もとおもいますが。私の屋敷に来る決心をしてください。とあったけれど、女は決心がつかないままに過ぎていった。