200815更級日記⑯「出仕と源資通との想い出1

前回は作者が宮仕えをしているおかげで、内裏で天照大神を拝することが出来た事や、女房仲間との心の交流などを読んだ。今回は作者の宮仕え体験が残した、とっておきのエピソ-ドを読む。作者は裕子内親王(一条天皇と中宮定子の孫)の女房として仕えている。
御朱雀天皇の第三皇女) 小倉百人一首「音に聞く 高師の浜の あだ波は かけじや袖の ぬれもこそすれ」

そして一人の貴公子に出会う。

「朗読1」参内してえらい公家とお会いするのは、物慣れない私にはありえない。声の良い僧の読経を戸口で同僚と聞いていると、そこへ殿上人がやってきた。その話しを聞いていると、分別もあり物静かな様子でもとても好感が持てた。

「原文」

上達部(かんだちめ)殿上人なと゜に対面する人は、定まりたるようなれば、うひうひしき里人はありなしをだに知らるべきあらぬに、十月ついたちごろの、いと暗き夜、不断経に、声よき人々読むほどなりとて、そなた近き戸口に人ばかり立ち出でて聞きつつ、物語して臥してあるに、参りたる人のあるを、「にげいりて局なる人々呼びあげなどせむも見ぐるし。さはれ、ただ折からこそ。かくてただ」といふいま一人のあればかたわらにて聞きいたるに、おとなしく静かなるけはひにて、ものなどいふ、くちおしからざな

・上達部 三位以上の公卿、四位以上の参議

・殿上人 五位以上で殿上の間に登ることを許されている人

「現代語訳」 読経を聞いていると殿上人がやってきて、その人たちの話しぶりを聞くことになる。

上達部や殿上人に対面する人は決まっているので、もの慣れない私など物の数でもない。十月の暗い夜、声の良い僧たちが読経するので戸口で、同僚と聞いていると、殿上人がやってきてので、その話を聞いていた。分別がありもの物静かな話しぶりに好感が持てた。

「朗読2」作者はいやおうなしにその好感を持った男との会話に引き込まれていく。時雨が降ってきて月が無く、暗いのは却って趣深いですねなどという。

「原文」

「「今一人は」など問ひて、世のつねのうちつけのけさうびてなどもい雛さず、世の中のあはれなることどもなど、さすがにきびしう、引き入りがたいふしぶしありて、われも人もこたへなどするを、「まだ知らぬ人のありける」などめづらしがりて、とみに立つべくもあらぬほど、星の光だに見えぬ暗きに、うちしぐれつつ、木の葉にかかるおとのをかしき

を「なかなかに艶にをかしき夜かな。月の隈なく明からむもはしたなくまばゆかりぬへかりけり」。

「現代語訳」殿上人二人と同僚の二人とで、月のない時雨の位版の事などを話す。

同僚の女房がお相手をしていたので、その人は「もう一人の方は」などと私の事を訪ねる。世間の男によくある露骨な好色がましい雰囲気が無く、世の中の無常の事などを語りかけてくる。私も頑なに押し黙っている訳にもいかず、受け答えなどしている。折から星の光さえ射さず、真っ暗で、時雨が葉にかかるのも趣深い。男は「なかなか風情のある晩ですね。月が明るいのも間が悪くて面映ゆいものである。」といった。

「朗読3

春秋のことなどいひて、「時にしたがひ見ることには、春霞おもしろく、空ものどかに霞み、月のおもてもいと明ウもあらず、遠う流るるように見えたるに、琵琶の風香調ゆるやかに弾きならした、いといみじう聞こゆるに、また秋になりて月いみじう明きに、空は霧りわたりたれど、手にとるばかりさやかに澄みわたりたるに、かぜのおと、虫の声、とりあつめたる心地するに、箏の琴かきならされたる、横笛の吹き澄まされたるは、謎の春とおぼゆかし。また、さかと思へば、冬の夜の、そらさへさえわたりいみじきに、雪の降りつもり光あひたるに、篳篥のわななき出でたるは、春秋もみな忘れぬかし」といひ、「いづれにか御心とどまる」と問うに、秋の夜に心を寄せてこたへたまふを、さのみ同じさまにいはじとて、

「あさみどり花もひとつに霞みつつおぼろに見ゆる春の夜の月」とこたえたれば、かへすかへすうち誦じて、「さは秋の夜はおぼしてすてつななりな。

と答へたれば、かへすがへすうち誦じて、「さは秋の夜はおぼしすてつるなりな。

「今宵より後の命のもしもあらばさは春の夜をかたみと思はむ」といふに、、秋に心寄せたる人、

「ひとはみな春に心を寄せつめりわれのみや見む秋の夜の月」

とあるに、いみじう興じ思ひわづらひたる景色にて

「現代語訳」源資通は季節毎の良さを列挙し、二人にどの季節がいいかと問う。私は春の夜の月が良いと答えた。

春秋どちらが良いかなどと言い「春は春霞が趣深く、月もけぶるように見える。そんな時に、琵琶を弾くのはまことに素晴らしいものだ。秋になって琴の音がして横笛が吹かれると、春は何だったのだろうと思われたりする。そうかと思うと冬の寒い夜、雪が降り積もって、月の光に照り映えている所に、篳篥(ひちりき)の音が聞こえると春秋の良さを忘れてしまう。」などと語り、「あなた方はどの季節が良いですか」と尋ねる。同僚が「「秋です」と答えたので私は同じように答えまいとして、和歌で答えた。「空も花も霞に解けて、おぼろに見える春の夜の月が、私は好き」と。

その人は繰り返しこの歌を口ずさんで「では秋の風情は見捨てるのですね。私は春の夜を貴方とお会いした思い出としましょう」といった。

 

この場面は更級日記屈指の壮大なエピソ-ドである。作者はまだ結婚前の事であって、好感の持てる貴公子との出会いである。そして、その会話も作者好みで、実に興奮している様子が伝わって来る。

 

「コメント」

出会いも双方にある気分と教養と好奇心が合う要素が無いとなかなか、成り立たないことを示しているのか。ここからロマンスの誕生となっていくのか。