200808更級日記⑮「物語に夢破れる」
前回は、裕子内親王の局に宮仕えを始めたが、親によってすぐ結婚させられた話をした。
今回は、結婚の翌年に、夫が下野の国司となって単身赴任したので、再び宮仕えに出て、作者の見識が広まった話。
「朗読1」結婚後に家庭に閉じこもった心境。今まで実に馬鹿げたことを考えていたと反省。さりとて、地道だけとも行かないねという。光源氏もいないし薫大将、浮舟もいないのだ。
その後はなにとなくまぎらはしきに、物語のこともうちたえ忘られて、ものまめやかなるさまに、心もなりはててぞ、などて、
多くの年月を、いたづらにて臥し起きしに、おこなひをも物詣でもせざりけむ。このあらましごととても、思ひしことどもは、この世にあんべかりけることどもなりや。光源氏ばかりの人は、この世におはしけりやは。薫大将の宇治にかくし据えたまふべきもなき世なり。あなものぐるほし。いかに、よしなかりける心なり。と思ひしみはてて、まめまめしく過ぐすとならば、さてもありはてず。
「現代語訳」
結婚後は雑用に取り紛れて、物語の事などすっかり忘れて、地道な生活をするようになって、心も落ち着いて来た。今まで長い時間を無為に過ごしていて、どうしてその間、勤行も物詣せずにいたのだろう。私が物語で空想した期待はこの世では有り得ないのだ。光源氏のような人はいるはずがない。薫大将が宇治に囲った浮舟のような人もいない。私は本当に馬鹿げていたとしみじみ思う。しかしそうはいっても、地道な生活をするかというとそうも出来ない。
だが結婚の翌年、夫 橘俊通は下野の国司となって単身赴任。裕子内親王からお召しがあったが行かなかったら、姪を出しなさい、そして、その後見として時々出仕しなさいとの事。
「朗読2」内親王のお供で、有明の月が明るい夜に参内した。内侍所に私が新人している天照御神がいらっしゃるというので、つてをたどって天照御神の鏡を護持する博士の命婦にあって説明をお願いした。とても年取った神々しい方であった。
内裏の御供に参りたるをり、有明の月いと明きに、わが念じ申す天照御神は内裏にぞおはしますなるかし、かかるをりに、参りて拝みたてまつらむと思ひて、四月ばかりの月の明きに、いとしのびて参りたれば、博士の命婦は知るたよりあれば、灯篭の火のいとほのかなるに、あさましく老い神錆びて、さすがにいとようものなど言ひゐ足るが、火ともおぼえず、神のあらはれたまへるかとおぼゆ。
またの夜も、物語しつつ月を長むるに、梅壺の女御の上らせたまふなる音なひ、いみじく心にくく優なるにも、故宮のおはします世ならましかば、かように上らせたまはましなど、人々いひ出づる、げにいとあはれなりかし。
「天の戸を雲居ながらもよそに見てむかしのあとを恋ふる月かな」
「現代語訳」
私は宮中に裕子内親王のお供で、有明の月が明るい中を参内した。信心している天照御神がいらっしゃるというので、この機会にお参りしたいと思った。内侍所にある天照御神の鏡を護持する博士の命婦につてがあった。お会いすると年老いて神々しく、またよく説明してくれた。神様が現れたかと思った。次の夜も月が明るいので、女房達と話ししながら月を眺めていると、藤壺の女房達が天皇の御座所の清涼殿に上っていくのが見えた。
「朗読3」冬になって冴え冴えとした夜に、関白藤原頼通の女房達と色々とお話をして、とても感激し楽しかった。そしてそのことを先方からも歌を送ってきたので、私も返した。
冬になりて、月なく雪もふらずながら、星の光に、空さすがに隈なく、さえわたりたるよ夜の限り、殿の御方にさぶらふ人々と物語し明かしつつ、明くればたち別れしつつ、まかでしを思ひ出でければ、
「月もなく花も見ざりし冬の夜の心にしみて恋しきやなぞ」
われもさ思ふ異なるを、同じ心なるもをかしうて、
「さえし夜の氷は袖にまだとけで冬の夜ながら音をこそは泣け」
「現代語訳」
冬になって雪もなく、月明かりでさえわたっている夜に、殿(関白藤原頼通⇒道長の長子)の女房達と色々とお話をして楽しんだことであった。その後その女房から次の歌を送ってきた。
「月もなく花も見えなかったあの冬の夜が、とても心に焼き付いて楽しかったことが忘れられない」
私もまったくそう思っていたので、返歌をした。
「さえざえとした夜にお話をして、感激した私の涙は、心に残ってまだ凍って熔けていません」
・当代一の権力者、関白頼通の女房たちなので、才気煥発知識第一の強者たち。それと大いに話して満足な作者。
・とすると作者も大したものなのだな。
「コメント」
結婚で夢の世界から、詰まらない現実に引き戻らせられていた作者は、夫の下野国司単身赴任でまた宮仕えを再開。
この辺りになると大いに楽しくなってきている。なんせ一流の才女たちとの交流だけに、大いに満足したのであろう。