科学と人間「生物進化の謎と感染症」 講師 吉川 泰弘(千葉科学大学教授)
151113⑦ コウモリがもたらす感染症~エボラ出血熱、SARS
最近世界中を驚かせた新興感染症で宿主が明らかになった例を見ると、その多くがコウモリであることが分かる。例えば
・馬から感染するヘンドラウィルス感染症、
・豚から感染するニパウィルス感染症、
・ヨーロッパとオ-ストラリアのコウモリからのリサウィルス感染症、
・サル類から人に感染したマ-ルンブルブ病やエボラ出血熱、更には
・ハクビシンから感染した重症急性呼吸器症候群(サーズ(、或いは
・ラクダからと言われる中東呼吸器症候群(マーズ)などがある。
なぜコウモリがこの様な役割を果たすようになったのか。そもそもコウモリとはどのような特徴を持った動物だろうか。
「コウモリ」
コウモリ目(翼手類)の哺乳類の総称。前肢の指が長く伸び、その間にある膜が翼に変形して、哺乳類で唯一空を飛ぶ。
その特徴は夜行性で、空を滑空する哺乳類はヒヨケザル、ムササビ、モモンガなどいるが自力で飛ぶのはコウモリだけ。飛行距離は数百km。食虫コウモリ、果食コウモリ、魚食コウモリ、吸血コウモリ・・・。
分布は極地を除く全世界。分布域は哺乳類の最多種を誇る齧歯類よりも広い。
・古い歴史を持ち食物連鎖の上位に位置し巨大な群れを作るコウモリは病原菌にとっては住みつきやすい対象である。一つの洞窟に数百万匹で生息し繁殖する状態は病源体にとって便利である。主として小コウモリは洞窟で群れをなして生息するが、大コウモリは野外で樹木にぶら下がって生息している。
・病原体は大小コウモリ間で生息域の共有、或いは接触対象の共有性などを背景にして行き来している。
「コウモリ由来の感染症が多発している理由」
・近年人で、コウモリ由来感染症が多発している原因として自然開発に伴いコウモリや家畜人との棲み分けが保たれなく
なったことが挙げられる。熱帯の開発と共に家畜の飼育域がコウモリの生息域に入り込んだことが原因である。
・今まで病原菌研究されているコウモリ種はわずかで全体の10%程度で病源体の存在も分かっていない。
・よって今後も翼手目(コウモリ)由来の感染症が世界を震撼させる可能性は高い。
次に具体的に感染症の例を見てみよう。
「ヘンドラウィルス・リパウィルス感染症」
ウイルスによるヒト、ウマの新興感染症。人獣共通感染症の一つ。
●オーストラリア
1994年オーストラリアの競走馬の厩舎で初めて発生。現在までヒトの発症数は3例6人であり、厩舎が存在した場所(ヘンドラ村)の名前がそのまま症名となった。14頭感染、1名死亡。現在までに、オーストラリア以外での発生は確認されていない。自然宿主はオオコウモリ。ヒトには感染馬との直接接触により感染する。
●マレ-シア
1999年3月中旬に今度はマレーシアで突如、豚と人に致死的な脳炎が起こり、原因ウイルスがヘンドラウイルスに
非常に近縁の新しいウイルスということが分かった(リパウィルス)。大流行になってから原因ウイルスが解明されたが、100名以上の死者と90万頭以上の豚の殺処分という大きな被害をもたらした。
自然宿主のコウモリからリパウィルスが豚に感染し、豚でウィルスが増殖しヒトに感染したのである。
●バングラデシュ
2001年にリパウィルス感染症が散発的流行。果物を食べに来たコウモリの体液で汚染されたナツメヤシのジュ-スが原因。
2010年には179名感染、140名死亡。
「マ-ルンブルグ病」
1967年8月西ドイツのマールブルグとフランクフルト、およびユーゴスラビアのベオグラードでポリオワクチン製造および
実験用としてウガンダから輸入されたアフリカミドリザルの解剖を行ったり、腎や血液に接触した研究職員、および片づけを行った人など合わせて25 名に突発熱性疾患が発生し、7名が死亡した。この疾患は、最初の発生地にちなみマールブルグ病と称されるようになったが、ウイルス性出血熱のひとつであり、別名ミドリザル出血熱とも呼ばれる。マールブルグウイルスはエボラウイルスと同様にフィロウイルスの感染症である。どちらもウィルスの自然宿主はコウモリである。
ミドリザルがどこかでコウモリと接触しウィルスを伝播されたもの。致死率は高い。
●コンゴ
1999年で大流行し183名感染し69名死亡。
●アンゴラ
2004年 374名感染し329名死亡。
「エボラ出血熱」
フィロウイルス科エボラウイルス属のウイルスを病原体とする急性ウイルス性感染症。ラッサ熱、マールブルグ病、
クリミア・コンゴ出血熱と並ぶ、ウイルス性出血熱の一つ。コウモリが自然宿主。ヒトにも感染し、50-80%という死亡率を
持つ種類も存在する。重篤な後遺症を残すことがある。人類が発見したウイルスの内で最も危険なウイルスの一つである。
患者の血液、分泌物、排泄物や唾液などの飛沫が感染源となる。患者およびその体液への濃厚な接触は問題であり、死亡した患者の遺体への接触からも感染する。エボラウイルスの感染力は強いものの、基本的に空気感染をせず、感染者の体液や血液に触れなければ感染しないと考えられている。傷口や粘膜にウイルスが入り込まないよう注意する必要がある。特に、人は自分の目や口や鼻を触りがちであるが、それらに触らないよう気をつける必要がある。また、人の触る
ドアノブやスイッチやハンドルなどはウイルスが付着しやすいため、汚れを落とし消毒する必要がある。
●スーダン
1976年 248名感染し150名死亡
●ウガンダ
2001年425名感染し224名死亡
ギニアを中心とする西アフリカで2013年から大流行し、死者多数。
「急性呼吸器感染症」(サーズ)
SARS(サーズ))は、SARSコロナウイルスにより引き起こされる感染症。新型肺炎(非典型肺炎、中国肺炎)とも呼ばれた。
2002年11月に中華人民共和国広東省で発生し、2003年7月に新型肺炎制圧宣言が出されるまでの間に8,069人が感染し、775人が死亡した。このウイルスの発生源はハクビシンが疑われていたがコウモリが保菌者であった。
「中東呼吸器症候群」(マ-ズ)
MERSコロナウイルスにより引き起こされる感染症。2012年に、中東へ渡航歴のある症例から発見された新種のコロナ
ウイルスによる感染症であり、ロンドンで発見された。2015年には韓国で感染例及び感染の拡大が認められている。感染がラクダから起きていることが推測されたが自然宿主ではない。マ-ズとコウモリの関連を示す有力な論文が発表されている。
●サウジアラビア、ヨルダン、カタ-ル、UAE、チュニジア、イタリア、イギリス、アメリカ
2013年 635名感染し193名死亡
●韓国
2015年 183名感染し33名死亡
(ポイント)
・サ-ズやマ-ズは沢山のコウモリ由来のコロナウイルス群の中の一種である。ウィルスはコウモリと共存し、サ-ズではハクビシン、マ-ズではラクダを病原菌の増殖動物として人に感染する。
・これらの感染症については、感染ル-トなど不明な点が多い。又何故新興感染症の多くがコウモリに由来するかは
まだ分かっていない。
・昼と夜、地上と空の様に生活圏を棲み分けている人とコウモリが、ヒトの経済活動の拡大や生活習慣の変化から多くの接点を持つようになったのが原因と考えられる。気候変動や環境汚染もコウモリの生態に影響を与えているのかも
しれない。
「コメント」
ここの所、話題のサ-ズ、マ-ズがコウモリ由来とは知らなかった。又今後新たな感染症が出てくるのは必至を実感。
この発生地域がアフリカと言うのも特徴的。人類の起源もアフリカ。何故、同じように熱帯雨林を持つ南米からのものがないのか。これも不思議。